第10話 ミスリル合金

今は真夜中、俺は気配を消しながら、物陰に潜みながら針金をいじっていた。それにしてもこれがミスリル合金かーすげえよな……この細さ、普通のミスリルではありえない。



「何を金属をいじりながらにやにやしてんのよ、こわいんだけど……それとも、あんたもボーマンみたいに金属フェチになったの?」

「ひでえ言い方だな、おい。俺はボーマンと違って金属で興奮する変態じゃねーよ。それに……これはただの金属じゃないぞ。世紀の大発明のミスリル合金だ」

「ごう……きん……?」



 俺は怪訝な顔をしているヴィグナに、どや顔でミスリル合金の針金を見せつける。当然ながら彼女は聞きなれない言葉に怪訝顔をしておうむ返しに聞き返してくる。



「はっはっはー、仕方ないなぁ。愚かで脳筋なお前に説明してやろう」

「あ? 殺すわよ」

「調子にのってすいませんでしたヴィグナ様ぁぁ!! 合金っていうのはですね、金属と金属を混ぜ合わせて、お互いの特性の良い部分を活かす技術なんですよ。この場合は魔力伝導率が高いんですが、高価なミスリルと安価で加工しやすい鉄を混ぜた訳ですね」



 潰すから殺すにランクアップしてんだけど!? てか、俺王子なんだけど!? この女不敬すぎんか?



「は? 何を言ってるのよ、ミスリルは加工しにくいのよ、ミスリルが混じっていたらこんなに細くなるわけないでしょ。私が元々持っていたミスリルの剣だって、熟練の鍛冶師が技術を尽くして一生懸命つくったのよ」



 肥料の時と違って自分の武器にもミスリルを使っているからか、これがどれだけすごいのかわかったようだ。彼女は綺麗に輝くミスリルの剣を抜いて見せながら驚愕の声を漏らす。

 元々ミスリル自体が高価で加工しにくいという事もあり、ミスリルの剣は、わが国でも優秀な騎士にのみ渡されるもので、一種のステータスなのである。

 そして、これを作った熟練の鍛冶師とはボーマンの事である。あれ、冷静に考えたら優秀な近衛騎士と、鍛冶師が俺の手元にいるんだが……そう考えると結構やばくない? ははは、親父共ざまぁ。

 


「じゃあさ、本当かどうか試してみろよ。この針金に火の魔法をつかってみればわかるだろ。ミスリルだったら火が宿るからな」

「別にいいけど……鉄なら溶けちゃうけどそうなっても怒らないでよね。火竜の息吹よ、全てを包み込め……うっそでしょ」



 彼女の言葉と共に針金の先に火の玉が渦巻いてたいまつの様に火が灯った。その光景は普通の鉄ではありえない。魔法を宿すというミスリルの特性があるからこそできる事である。



「ふふ、見たか、これがミスリル合金だ。これさえあれば魔法に強い防具だって作れるし、日常生活でも魔法を活かせるぞ」

「確かにすごいわね……本当にこれにミスリルが混じっているのね……」



 呆然とした表情で針金に灯った火を見ているヴィグナに俺がどや顔をしていると、何かの鳴き声のようなものが聞こえてきた。ようやくお客さんがきたようだ。俺とヴィグナは顔を見合わせ頷きそのまま畑へと向かう。

 そこには予想通り、土壁をよじ登っているゴブリン達がいた。



「俺が丹精込めて作った作物を奪いやがって絶対許さねえからな」



 俺はゴブリン達を親の仇でも見るような目で睨みつける。まあ、俺の親はあのゴブリンよりもクソなんですけどね。

 古火竜の骨や、アーマードアルマジロの骨を肥料として使って畑を耕していた俺だったが、今日の朝おきたら作物が奪われていることに気づき、こうして待ち伏せをしていたのである。

 まあ、俺が作った作物は美味しいし、栄養もあるからな、欲しくなるのはわかるぞ。でも、泥棒は許さねえ。



「その……ごめんなさい……私が未熟だからこんな壁しか作れなくて……」

「何言ってんだ?  ヴィグナがいるから被害がこれくらいですんでるんだろ。か弱い俺に土壁なんぞつくらせて見ろよ、一年はかかるぞ」



 俺は銃を構えながら、よくわからないことを言っているヴィグナに返事をする。お前のおかげでこれくらいの被害で済んでんじゃん。そもそも壁がなければゴブリン以外の魔物や動物も俺の育てた可愛い作物たちを採り放題だろう。これだけで済んだのはヴィグナのおかげである。



「あんたは……本当に……なんでもないわ。私の力を見せてあげる!! ガラテアほどじゃないけど私だって強いんだから!!」

「そんなの知ってるっての、頼りにしてるぜ、ヴィグナ!!」



 作物を奪うために侵入したゴブリンは四体だった。そのうちの一体を俺が銃で射抜く間に、ヴィグナは二体切り刻む。まじでつええな……

 流石というべきかゴブリンごときでは彼女の敵ではないようだ。


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ゴブリン


 力は弱いが、狡猾で集団行動を好む。強いものに弱く、危険な場所には近寄らないが、一度舐められると厄介。

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 最後の一匹に斬りかかるヴィグナを俺はゴブリンに触れ使えそうな情報があったので、慌てて止める。



「そいつは殺すな、ゴブリン達にここは危険だと思わせたい。適当に怪我をさせて逃がしてやれ」

「なるほど……怪我をさせて、ノロノロと巣に帰る後を追いかけて巣ごと壊滅をさせるのね。流石ねグレイス!!」

「何言ってんの? 俺の『世界図書館』には触った魔物の習性もわかるんだよ。ゴブリンは臆病だから危険な場所だと分かれば近寄らなくなるんだ、怪我をさせるだけでいいんだよ」



 この女は何て恐ろしい事を思いつくのだろうか、戦闘種族か何かかな? 巣に入っての退治はゴブリンのテリトリーに侵入するという事だ。窮鼠猫を噛むともいうし、なるべく危険は冒したくないので、ゴブリン達を近寄らなくさせようとしてるのに何で皆殺しが前提になってるの?


 ちなみにこれは異国の書物を漁っていた時に使えるかなと思っていた作戦で、今『世界図書館』で確信を得たので実行することにしたのだ。元々は騎士や冒険者がいない村で開発されたゴブリンの特性を生かした作戦だそうだ。

 


「まあ、グレイスがそれでいいっていうならそうするけど……風の精霊の息吹よ、全てを切り刻め」



 俺の言う事を聞いてくれたのか、ヴィグナは土壁を登って逃げようとしているゴブリンの背中を風の刃で切り刻んだ。結構えぐい量の血が舞っているが致命傷ではなさそうだ。

 俺は傷だらけで逃げ帰っているゴブリンを見て、ヴィグナだけは敵に回さないようにしようと誓いながら、ゴブリンの死体と、彼らが落としたとげとげしいこん棒を集める。骨は肥料になるし、武器も何かに使えるかもしれない。



「とはいえ、何らかの対策は立てないとな……ゴブリンの集落も何個あるかわからんし……」

「そうよね……よじ登れなくすればいいのよね……土壁にこのこん棒みたいに棘々でもつけてみる?って逆に登りやすくなるわよね……」

「それだーー!! ありがとうヴィグナ!! 何とかなりそうだ」



 ヴィグナの言葉に俺は天啓を受けたような気持だった。ゴブリン達は土壁をよじ登っていた。それならばこの棘の様に触れるとダメージを喰らうようにすればいいのだ。



「え? 壁を作り直せって言うのなら作り直すけど……あんまり意味はないと思うわよ」

「いや、その必要はない。名案を思い付いたぞ。明日にはなんとかなるはずだ」

「はぁ……まあ、なんでもいいけど」

「まあ、見ているがいい。ここからグレイス=ヴァーミリオンの覇業がはじまるのだよ」



 俺の言葉に何言ってんだこいつ。みたいな様子でこちらを見つめるヴィグナを無視しつつ俺はミスリル合金の針金を片手にほくそ笑むのであった。俺だって、新しいものを作って世界図書館に名前を残してみせるからな。

 さっそく俺は作業に取り掛かるためボーマンの元へ向かうのだった。

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