第35話 天誅

 盗賊団の討伐の明くる日。


 俺とサルヴァは日が高く登った頃に街に到着した。夜通し歩き続けたのでヘトヘトになり、屋敷に帰るなりベッドにダイブ。


 そして、次に目覚めたのは四人が報酬を受け取りに来た時だ。クロエが俺を叩き起こす。


「俺も行かなきゃいけないのか?」


 布団を頭まで被り、駄々をこねていると、クロエは無理やり布団を剥ぎ取ってくる。


「ココ様のご命令です。来てください」


「分かったよ……着替えるから先に行っててくれ」


「二度寝しそうですから、着替えるまでここで待ちます」


 クロエは背筋を伸ばして厳しい目でこちらを見てくる。


「真面目に仕事しやがって……」


「早くしてくださいね。皆さんお待ちなんです」


「それを早く言えよ!」


 ココの執務室で皆が無言で待機している様子を想像するとなかなかに居た堪れない空気だろう。


 布団を飛び出して、服を着替える。


「よし、行くか」


 クロエを伴ってココの執務室に向かう。隣を歩いていたクロエは扉が近づくとサッと扉を開けてくれた。


「ありがとな」


 クロエは無言でニコッと微笑む。


 ココの執務室は想像通りに無言の気まずい空気が流れていた。


 サルヴァたちのパーティは全員集合しているし、ココとイヴも気まずそうに外を見ていた。


「すまん、遅くなった」


「歩いて帰ってきたんだって? それでピンピンしているサルヴァがおかしいのか、貴方が運動不足なのか……まあいいわ。揃ったわね。始めましょうか」


 ココは椅子に座り直して仕切り始める。


「さてと、盗賊団の討伐、ご苦労だったわね。前に私の手配した積み荷も襲われたことがあってね。これでこの街の物流も改善するわ」


「私達にかかれば当然だよね!」


 性欲を満たしていただけのベルシュにザーラとキヤが賛同する。


 イヴが苦々しい顔をしているので、そっちに顔を向ける。アイコンタクトで何となく意思疎通が図れた気がした。


「えぇ。目覚ましい活躍だったと聞いているわ。そこで……貴方達四人と専属契約を結びたいのだけれど、どうかしら?」


「なっ……ほ、本気か!? ココ!」


 どういう報告を聞いたらそういう判断が出来るのかと驚く。さすがにとち狂ったのだと思い、声を荒らげるがココは意に介さない。


「本気よ。皆、どうかしら? 報酬は弾むわ。相場の三倍……いえ、五倍は出す」


「乗ったわ! 今すぐに結びましょう!」


 ザーラが真っ先に食いついてきた。キヤとベルシュも同じように口をパクパクとさせながら前のめりになる。


 サルヴァは戸惑っているようだが、一瞬の逡巡を経て何度か頷く。


「俺も良いと思う。きちんと契約書にしてくれるなら、だけどな」


 結局、サルヴァも大した条件を出さずに折れた。ココの狙いが分からないが、さすがに本当にこいつらを雇いたがっている訳ではないはずだ。


 だが、クロエは事前に準備していた契約書を四枚と羽ペンとそそくさとテーブルに並べる。


「では、条件を読み上げるわね」


「いいよいいよ! これ字がちっちゃいし、お金のところは嘘をついてないみたいだから、サインしちゃうね」


 ココが契約書を読み上げようとしたがベルシュがそれを制して、契約書にサインをする。


 他の三人もそれに続いた。


「助かるわ。契約は成立ね。ま、中身は後できちんと読んでおいて」


「はいはい。それじゃ、今日はもういいかな? 仕事は明日から?」


 ベルシュの呑気な質問を聞くと、ココは悪魔のように笑う。


「それは新しい雇い主次第。その前にまず、貴女達のパーティは解散よ」


 サルヴァをはじめとする四人は絶句する。


「なっ……ど、どういう事だ?」


「そこに書いてあるじゃない。『パーティの存続についてはココ・アイルヴィレッジに一任する』とね。四人の処遇は私が決めるの。だから、私が解散と言えば解散よ」


「ま……まぁ……仕方ないですね。パーティは解散しても一緒に仕事はさせてくれるんですよね?」


「さぁね。同じ街に行けるといいのだけれど……どうかしら?」


 戸惑いを見せる四人を嘲笑うようにココはそう言う。


「もったいぶってないで早く教えろよ! 何なんだよ!」


 キヤがしびれを切らして怒鳴る。


「うるさいわね。黙りなさい」


 チリンと銅貨の音が鳴ったかと思うと、キヤは自分の口を押さえる。声を出したくても出てこないみたいだ。


「男の怒鳴り声程みっともないものは無いわね。さてと……いらっしゃったわ。貴女達の新しいご主人よ」


 混乱が渦巻く部屋に入ってきたのは小太りのおじさん。見覚えのある顔だ。確か、名前はトマス。


 王都でも幅を利かせている商人で、ドがつく変態。以前、ココが持っていった下着を大事そうに抱えていた事を思い出して顔を歪める。


「コッ、ココちゃん! いい子が入ったんだって?」


「トマス様、ご足労いただきありがとうございます。こちらの三人ですわ。女が二人と男が一人。いずれもお好みの上玉かと」


 トマスはベルシュ、ザーラ、キヤを順番に眺め、舌なめずりをする。特にキヤの事は執拗に見つめていて、目が合っていない俺まで恐怖を感じる程だ。


「うぅん……さすがココちゃん。良い目利きだねぇ。若いし一晩で何回でも出来ちゃいそうだよ……そそるねぇ」


「お褒めに預かり光栄ですわ。一人当たり……百でいかがですか?」


「百!? まぁ、女の子達はまだ若いし長い事稼げそうかな。それでいいよ。後で三百枚の金貨を持ってこさせるよ」


「えぇ。承知しました。このままお連れいただいて構いませんわよ」


「いいのかい!? じゃぁ……君、名前は何だい?」


 トマスは目を輝かせてキヤを見つめる。


「キっ……キヤだよ」


 その瞬間、トマスの持っていた杖がキヤの額に突き刺さる。尖ってはいないが、かなりの勢いで突かれたので、キヤはソファから床に転げ落ちる。


「主人に向かってその口の利き方はなんだ!」


 トマスはさっきまでの柔和な笑みを消し、冷徹な支配者の顔を覗かせる。


 ココは笑いをこらえるばかりで一向にトマスが怒鳴る事を注意しない。


「おっ……おい! 俺はココと契約したんじゃないのか!? こいつが雇い主なのか!?」


 キヤはすがるような目でココを見るが、ココは笑いを耐えるために口角をひくひくと動かすばかりだ。


 俺も察してきた。キヤは売られたのだ。おそらく、ベルシュとザーラも同様。変態商人の慰み物になるのか、また別の人に売られていくのか知らないが、とにかくこの三人はもう売り物で、成約済み。


「きちんと契約書を読んで頂戴。『他者との奴隷契約はココ・アイルヴィレッジに一任する』と書いてあるじゃない。貴方達三人は奴隷としてトマス様に売り渡したところなの。色欲を満たすしか能のない貴方にはピッタリの仕事じゃない? 他の二人もトマス様にご迷惑をかけないようにね」


「なっ……そんなの通る訳ないじゃん! 無効だよこんなの!」


「そ、そうですよ! おかしいです!」


 ベルシュとザーラも自分達がどうなるのか察すると猛抗議の意思を見せる。


 だが、ココがコインを机でチリンと鳴らすと途端に大人しくなる。


「契約は契約よ。理解した上でサインしたんでしょ? 二人共、トマス様に良く尽くすのよ」


「はい」


「かしこまりました」


 ベルシュとザーラの二人はトマスに向かって跪く。


「うんうん。この二人は良い子だね。じゃあ僕の屋敷に帰ろうか」


 トマスは二人を従え、自我の残っているキヤを引っ張りながら部屋から出ていく。


「おい! サルヴァ! 助けろよ! 俺達は仲間だろ!?」


 サルヴァはキヤが部屋から引っ張り出され、怒号が廊下越しにも聞こえなくなるまで扉にひと目もくれなかった。


「うるさいのがいなくなって清々したわね。討伐の実態は聞いたわ。報酬は貴方が一人で貰うべきよ。金貨三百枚。後でクロエから受け取りなさい」


 サルヴァは驚いた顔でココを見る。


「あいつらは……俺はどうなるんですか?」


「トマスの裏の顔は王都の夜の街の元締め。女の方はどこかの娼館で毎晩知らない男の夜伽をさせられるんでしょうね。彼は……トマスに気に入られたみたいだから、もっと大変かもね」


 ココは売り終わったものには大して興味がないみたいで、爪の隙間のゴミを取り除きながら話す。


 そして、サルヴァは丁寧に扱ってくれるみたいで、爪をいじるのをやめてきちんと向き合う。


「それと……サルヴァ、貴方とはこれで契約解除よ。報酬を受け取ったら好きにしていいわ」


「なっ……何なんだよそれ……」


「別に貴方を特別扱いしているわけじゃないわ。理由は三つある」


 ココは得意げに指を三本立てて続ける。


「まず、第一にこれは私の知り合いのためにしたこと。第二にあんなのを一時的とはいえ雇ったなんて、私の目利き力に変な噂がたっても困る。第三に私の仕事を受けておいて、サボって荷車で盛るなんて許さないわ」


 そう言ってココはちらりと俺を見てくる。色々と早口で理由を並べてはいるが、第一の理由は俺のためだと言ってくれた。三人がいなくなったことで、スキルを授かったあの日の記憶が嘘のように薄らいでいくようだ。


 サルヴァは優しいから、このままズルズルと四人で居続けたかもしれない。その迷いを外部から無理やり断ち切る。ココはそんなことをやってのけた。


 その意思決定がサルヴァや俺達にとって最適とは言えないまでも悪いものではなかったという意味を込め、俺はココに向かって頷く。ココもそれに反応してウィンクを返してくれる。


「あ……ありがとう、ございます。正直どうしたらいいのか分からなくて……だけど、このまま四人で続けるのは違うと思ってたから助かったよ。それと不躾だけど、俺から一つお願いがあるんだ」


 ココは頷いてサルヴァの注文を聴く体勢を取る。


「何かしら?」


「バンシィと旅をしたいんだ。彼を、俺にくれないか?」


 空気が凍るというのはこのことなのだろう。


 ココは真顔で何度も瞬きをしながら固まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る