第34話 徒歩

「う……うぅ……」


 倒れていたサルヴァが指を動かす。


「サルヴァ! 待ってろよ! 今助けてやるからな!」


 サルヴァに近寄り、服に【自然治癒】を大量に付与する。


 少しの間悶えていたものの、傷は一気に塞がったようで、サルヴァはゆっくりと起き上がった。


「な……何なんだ? 俺、死んだのか?」


 サルヴァは大量に流れ出た自分の血を見て、死んだと思っているようだ。


「生きてるよ。詳しい話は後でな。あのオッサンは誰なんだ?」


「オッサン? 女の子だろ?」


 サルヴァはキョトンとした顔で応じる。


「あれが女の子に見えるか!? どう見ても男だろう!?」


 イヴと俺の認識はあっている。つまり、サルヴァにだけ足りない何かがあるのだろう。


 すぐにピンときたのでサルヴァの服に【幻術耐性】を付与する。


「お……おい、何なんだ……オッサンじゃねぇか!」


 サルヴァは目が飛び出そうになるくらいに驚く。


「お前ら……スキルが効いてないのか!?」


「やっぱりな。スキルで幼女に見せかけてたわけか。悪いけど俺には効かないんだよ。不意打ちならチャンスがあったのかもしれないけど、もうそうも行かないな」


「ぐっ……くそがぁぁ!」


 幼女の服を着たおっさんががむしゃらに突っ込んでくる。短剣を俺の心臓に向かって突き刺そうとしてくるが、【防御力強化】を重ねがけしているので短剣は簡単に弾かれる。


 おっさんは手首を抑えてうずくまった。どうやら反動で捻ったらしい。


 サルヴァが俺達を守るように前に出ていく。


「お前がこの盗賊団のボスか? まぁ、もう団員は誰もいないけどな」


「そうだよ。こんなクソスキルだけどここまでうまくやれてたのになぁ……」


 おっさんは死を覚悟したように泣き言を漏らす。


 この人がココの荷馬車を襲ったから、俺がココに信用されるきっかけができた。つまり、俺にとってこの人は、間接的とはいえ少なからず恩がある。


 何も殺す必要はないんじゃないだろうか。サルヴァにそう告げようとした瞬間、サルヴァは振り返る。


「ふたりとも、悪いけど部屋から出てくれないか?」


「み……見逃すのか?」


「そんなわけ無いだろ。仕事はこなすさ。ただ、お前に見られたくないんだよ。俺が……人を殺すところをさ」


 別にこの人を逃したところで得はない。断腸の思いで部屋を出て、目を瞑る。


 扉の向こうからオッサンの断末魔が聞こえた。


 そして、やや間があってサルヴァが出てくる。


「バンシィ、待たせたな。帰るか」


「あ……あぁ」


 気まずい別れ方をしたのだが、命の奪い合いをするこの空間の異常性が勝り、少しのわだかまりは水に流れてしまった。


 だが、流暢に話をするわけでもなく、ただただ無言で三人で荷車まで戻る。気づけば日も暮れかけだ。早く街に戻らないと、月明かりを頼りに進むことになってしまう。


「お帰りなさい。サルヴァ、お疲れ様でした」


 荷車の扉を開けると、開口一番ザーラが清楚な笑顔で迎えてくる。さっきはスッポンポンで息を荒げていたのにこれだから、怖い人だと思わされる。


「ようし。帰ろうぜ。報酬もたんまりだよなぁ」


「ねぇねぇ! そういえばプリムの街って寒さを感じないくらい暖かい服があるんだってさ! 気にならない? まとめ買いしようよぉ!」


 キヤとベルシュも呑気に酒を飲みながら赤ら顔で迎えてくる。二人共顔はこちらを向いていないので、出迎えられている感じは薄い。


 サルヴァは毎日これに耐えていたのかと思うと、剣の腕より精神力が強いと言わざるを得ない。


「悪い。皆、今日は三人で街まで戻ってくれ」


「えぇ!? いや……いいけど、歩くの?」


 唐突なサルヴァの申し出にベルシュは驚いた顔を向けてくる。


「あぁ。そういう気分でさ。明日には街に着くから宿屋でゆっくりしててくれよ」


「まぁ……私達は構いませんけど……きちんと街まで戻ってきてくださいね?」


「あぁ。大丈夫だよ」


 ザーラが心配しているのは巡り巡って自分達の名声のためなのではないかと思ってしまうのは勘繰りすぎだろうか。この三人には一欠片の信用も置けなくなってしまった。


 そんな三人はそそくさと出発の準備を整え、魔物を使役してものすごい勢いで街に向かっていった。


 残った移動手段は馬が一頭。対して人間は俺とイヴとサルヴァの三人。明らかに馬に乗り切れない。


「サルヴァ、どうやって街に戻るんだ? 歩くのか?」


「そうだぞ。イヴさん、悪いけど一人で先に帰っててくれませんか?」


「あぁ。ここから街までは一本道だ。安心して旅をしてくれ」


 イヴは街の方向を指さすと、一人で馬にまたがり去って行った。


 二人っきりになると、途端に気まずさが増して口数が減る。


 それはサルヴァも同じようで、目を見合わせると無言のまま街への道をたどりだした。


 辺りが暗くなってきた頃、ようやく心の準備が整う。


「サルヴァ、その……わ、悪かった。お前だってあのパーティで辛い思いをしてたんだよな。それに、冒険者だって楽じゃない。そんな事も考えずにあんなことをいってごめん!」


 サルヴァは少しだけ先に行って歩みを止める。


「あの日に戻れるなら、多分お前と二人で旅に出るよ。あの時、俺はどうかしてた。誰よりも信頼しているお前よりも、ぽっと出のやつを選んでしまったんだからな。俺の方こそ悪かった!」


 サルヴァが頭を下げる。このままではお互いに謝り倒すだけの時間になってしまう。


 サルヴァの頭を持ち上げて手を差し出す。


「よし! もうお互いに謝罪はしない! いいな?」


 サルヴァはがっちりと手を掴んで来る。村の祭りの日のようにいい笑顔になった。


「あぁ。そうだよな!」


 少しだけ肩が軽くなった。もう、前みたいに接しても大丈夫なはずだ。


 また、二人で並んで街へ向かう。


「あいつら、どうだ? 俺の仲間なんだよ」


 サルヴァはニヤニヤと笑いながら軽快な口調で問う。どう考えても肯定を欲しているようには思えない。


「控えめに言ってクズだな。お前が砦で死にかけていた時、馬車の中でヤッてたんだよ。三人で」


 サルヴァは一瞬固まったが、すぐに肩を震わせ始めた。


「ふ……ふふふ! ハハッハハ! マジかよ! あいつら、そんなことしてたのか!? ほんと……俺って……何のために……」


 笑ったり泣いたりと感情の起伏が激しい。サルヴァの肩に腕を回す。


「サルヴァ……もうあいつらとは縁を切れ。新しい仲間を探すのだって手伝う。お願いだ。あのままだったらお前は死んでたんだぞ。あいつらのどこが仲間だよ」


「そう……だよな。分かってたんだ。だけど、どうしても……」


「何だ?」


「あの姉妹と一発やってみたかったんだよな。それまではパーティは解散させられねぇよぉ」


 サルヴァは冗談だとありありと分かるように、お茶らけた顔でそう言う。さっきの泣きも演技だったのだろう。


「ぶっ……お前、馬鹿かよ!」


「そう言うなって! バンシィは良いよなぁ。あんな美人達に囲まれてよ。どうなんだよ? 誰といい感じなんだ?」


 サルヴァが肩を組み直してくる。不意にココの事を思い出して顔が熱くなるが、暗いのでバレてないだろう。


「だっ、誰とも何もねぇよ!」


「本当かぁ? どう見てもあの商人と何かありそうだけどな」


「まぁ……ない事も……ない」


 サルヴァは目を見開いて、俺の背中を叩く。


「ほらな! そうだよなぁ! 絶対そうだと思ったんだよ! あぁ、俺のバンシィが抜け駆けをしている……泣けるぜ。俺は何もねぇのによ」


「男女比はちょうどいいのにな。何で余ってんだよ」


「だろぉ!? そう思うよなぁ!? ちなみに俺は姉のザーラ派だぞ。バンシィはどうだ?」


 どっちにも大して興味はないが、清楚腹黒の姉と元気で馬鹿そうな妹なら妹の方が楽しそうだ。


「強いて言うなら……妹の方だな」


「おぉ!? やっぱキヤがいなけりゃバランス良いんじゃねぇか! あいつ、殺すか?」


 周りで誰が聞いてるでもないのに、サルヴァは内緒話をするように聞いてくる。


「お前が言うと冗談に聞こえねぇよ」


「ハハ! だよな!」


 そこからも、下らない話、多分ココが聞いたら鼻で笑って流すような、本当にくだらない話を繰り返しながら、夜明けまでかけて街へと歩いたのだった。

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