第33話 待機
サルヴァの馬車に追いついたのは街を出て数時間も経った後だった。実質、盗賊団のアジトに到着したのと変わらない。
馬車を曳いていたのは、やけに大きな角が生えた生き物だ。
「なっ……なんだこいつ?」
「魔物だよ。見た事ないのか」
イヴが教えてくれる。
「まぁ、街から出なくても生活できるしな」
「それもそうだな。恐らくだが、魔物を使役するスキルを持った人が仲間にいるんだろう……ん? 荷車の中から何か聞こえるな」
イヴを先頭に魔物に繋がっている荷車へ向かう。
「……あっ! んんっ! そこはダメですって!」
やけに艶めかしい声が聞こえてきて、イヴと顔を見合わせる。彼女はにやりと笑った。
こういう時に俺は遠慮して何もしない。だが、イヴはこういうところに嬉々として突っ込んでいくタイプなのは分かり切っている。
何食わぬ顔で荷車の扉に手をかけると、思いっきり引っ張って全開にする。
中では、三人の男女が一糸纏わぬ姿でくんずほぐれつと言う感じだった。
「なっ……何なんだよ!?」
キヤが驚いて上に乗っていたベルシュを振り落とす。
二人の女性も適当に投げ捨てられていた衣服で前を隠して、驚きと怒りの混ざった顔でこちらを見てくる。
「あー……すまなかったな。それよりもあいつはどこにいるんだ? あの剣士だよ」
イヴは中で何が起こっているのか知らなかったという体ですっとぼけながら尋ねる。
「さっ、サルヴァなら討伐の仕事に行ってるぞ」
「ほう。それで居残り組はここでよろしくやってたわけか」
「ま……まぁな。あいつは単独行動が好きなんだよ。それに成果は出すさ。盗賊がいなくなればいいんだろ?」
「そうだな。邪魔して悪かったな」
イヴはキヤの返答を聞くと扉を力任せに閉める。
「バンシィ、言っただろう? 仲直りよりも、彼に真っ当な仲間を見つけてあげるのが先かもしれないな」
サルヴァが命を懸けて戦っている最中に、その事を忘れて快楽に耽っているのは仲間とは呼べないだろう。
勿論、四人の中の事なので何も言う権利は無いが、少なくともサルヴァにはパーティを組む相手を見直せと進言したくなる。
サルヴァはもう盗賊のアジトに突っ込んでしまったようだ。
砦の壁のあたりで人が動いていて、何やら声も聞こえる。
「サルヴァが帰ってくるまでここで待つか」
イヴは砦を見つめながら、首を横に振る。
「本来ならそうしたいところだが、それだと奴らと同じになってしまうじゃないか。どうせお前のスキルがあれば大した怪我はしないんだ。せっかくだし私達も行ってみようじゃないか」
「行くって……盗賊のアジトにってことだよな?」
「おう。何か文句あるか?」
さすがに元冒険者というだけあってイヴは肝が座っている。スタスタと砦に向かって歩き始めた。
自分も本来なら同じ立場になっていたはずなのだが、慣れていないので、自分の服にきちんと【防御力強化】が複数ついているのか確認してからついていく。
何人かの盗賊が逃げ出ていったので正面の門が開いている。
門をくぐると死屍累々。人の死体をきちんと見る機会はなかったので吐き気を催してくる。
口を覆っていると、イヴが背中をさすってくれた。
「直に慣れるさ。出すなら出したほうが楽になるぞ」
サルヴァは俺の知らないうちにこういった世界に身を置いていたことを改めて実感する。
砦の壁に手を付き、イヴのアドバイスに従って身体から出ていくに任せる。
「ふぅ……ありがとな。少し慣れてきたよ」
「慣れるのが良いことなのかは分からないがな。友人の太刀筋からすると、彼にはもう躊躇いはないみたいだが」
だからサルヴァの性格が、人格が変わってしまったこととイコールだとは思わないが、やはり住む世界が違う、と思わされる。眼の前にそびえる砦の中では、今まさにサルヴァが人を殺しているはずだ。
「砦の中に行ってみるか?」
「いや……邪魔にならないか?」
「なるかもな。行くぞ」
イヴの頭の中には論理的な構造はなにもないのだろう。邪魔になるのだから中には行かない、というのが常人の思考なのだが、彼女にはそういったものがないらしい。
一人も二人も同じなので、イヴについて砦の本丸に突入する。中は薄暗く、ところどころに人が倒れている。
いずれも例外なく絶命していて、サルヴァの容赦のなさに驚く。
「どこまで行くんだ?」
「最奥までだよ。彼の実力を知っておきたいからな」
「何のためにだよ」
「彼が敵に回ると厄介だろう」
「敵? 誰のだ?」
一瞬、イヴの洗脳が復活してきたのではないかと思い身構える。
だが、イヴはなんてことない様子で続ける。
「誰って……ココに決まっているだろう。大星石教もそうだし、それ以外にも彼女の敵になり得るやつは大勢いるんだからな」
「その前にココが雇うってことか?」
「そうだ。私はその見極めをお願いされているんだよ」
わざわざ馬を駆ってここまでついてきてくれたのはこのためだったみたいだ。相変わらずココは誰でも信用しているわけではないらしい。
「あいつは大丈夫だよ。自分がある奴だから。まともな人の敵にはならない」
「では彼の信念に基づいて敵になったら? 懐柔も出来ないな。ま、ここでどうこうするつもりはないさ。あくまで見極めるだけだからな」
そんなことあるはずがないだろう。俺の知っているサルヴァなら、この砦にいる盗賊を殺し尽くした後、ケロッとして屋敷に戻ってくるはずだ。
砦の中は一本道で、最奥の部屋と思しき場所についた。
他の部屋に入る扉に比べて豪華だし、ココの寝室の前のように扉の両脇に警備がいるからだ。正確には、警備だった亡骸があるだけだが。
その部屋の中からは扉越しには何も聞こえない。
既に仕事を終えて一息ついているのだろう。
イヴと顔を見合わせると、ニィと笑う。
仲直りの最後のチャンスというのはイヴも知っているらしい。
それを無駄にしないために、一度表情筋をほぐし、扉を開けた。
「サルヴァ! 話が……あ……るんだ……」
扉を開けた勢いは一気に削がれる。
うつ伏せに倒れているが、服でサルヴァだと分かる。その背中は真っ赤で今もこんこんと血が湧き出している。
そして、テーブルに腰掛けて短剣を拭いていたのは、フリフリの服を着たオッサンだ。
「なっ……サルヴァ!」
オッサンは驚いた様子で短剣を放り投げ、俺の足に抱きついてくる。
「はうぅ……怖かったのです……いきなりこの部屋で殺し合いが始まって……」
裏声でそう泣きついてくるオッサンが一番怖いに決まっている。
「ちょ……やめてくれよ!」
オッサンには悪いが、少し足を乱暴に振り払う。
「ふえぇ……お兄ちゃん……怖いよぉ……」
振り払われて痛がっているオッサンはクマのぬいぐるみと話をしながら尚も少女のフリをやめようとしない。
サルヴァを助けるのが第一なのに、オッサンの意図がわからず動けなくなってしまっていた。
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