第31話 腹を割って

 サルヴァがやってきたのはそれから一時間後くらい。


 ずっとクロエと話し込んでいたのか、気持ちを整えていたのかは知らないけれど。


「それでは、お茶はこちらに置いておきますね。失礼いたします」


 クロエは客人であるサルヴァに向かって深々とお辞儀をすると部屋から出ていった。サルヴァと二人になると若干の心細さが出てきてしまう。


 サルヴァはクロエの残していったお茶を一口すすると、顔をしかめてカップをトレーに戻した。


「バ……バンシィ。元気だったか?」


「あ、あぁ。元気だよ。今はこの街で服屋をやってるんだ」


「服屋? 良かったな! スキルの使い道が見つかって!」


 サルヴァはそう言ってから「あ」と言い押し黙る。イヴを洗脳していた教祖様のスキルではないが、それなりに俺の琴線に触れる言葉だった。一気に晴れていた気持ちがどんよりとしてくる。


「そうだよな。使い道のないスキルだと思ってただろ? 今じゃ王都から引き合いが来るぐらいには名前も売れてきたんだ。勇者様には負けるけどな」


「そっ、そんな言い方をしなくてもいいだろ!」


「ま、ソードマスターさんとはいえ他の奴らにおんぶにだっこみたいだな。下っ端でパしられてざまぁないよな。あの三人はよろしくやってるんだろ? 仲間外れにされてまで冒険したいのか? 縋り付くものがそれしかないと大変だな」


 言ってしまってから後悔しても遅かった。俺から淀みなく出てきた数々の汚い言葉はサルヴァの心を貫く。


「バンシィ! お前! いや……また帰ってきたら話そう。じゃあな」


 サルヴァはキッと俺を睨んできたが、すぐに笑顔に戻る。


 そして、手短に別れを告げて部屋から出ていってしまった。


 残ったのは後悔だけ。絶対にもっと上手く話せたはずだ。


 ベッドに腰掛けて、両手で顔を覆う。自分の醜い一面は両手では覆いつくせないだろうけど、せめてもの対応だ。


 顔を覆ったままベッドに倒れ込む。


 サルヴァに向けてはなった一言一言が今更自分に跳ね返ってくるようだ。


「まだ寝るには早い時間だけれど……大丈夫?」


 ココの声がしたので驚いて体を起こす。


 部屋の入口のところにちゃらけた様子でもたれかかり、俺の方を見ていた。


「べっ、別に何もねぇよ」


「そうなのね。それで、仲直りはできたの?」


 ココはそう訪ねながら部屋に入ってきて、隣に腰掛ける。二人分の重みでベッドが少し沈む。


 こんな話を正直にするのはかなり恥ずかしい。自分の小ささを打ち明けることになるのだから。


 ココの言葉に何も打ち返さずにいると、ココはフッと笑う。


「ま、言わなくても内容は大体知ってるわ。扉の前で聞き耳を立てていたからね」


「なっ……」


「冗談よ。いつもならこれでペラペラと話すじゃない。余程こてんぱんにされたみたいね」


 また騙されそうになったのだが、早めのネタバラシによって少し緊張が解けた気がする。


「人を信用出来ないってこういうことなのかもな。無意識に壁が出来ちまうんだ」


「そうかしら? 私には見えないけれど……」


 ココが冗談めかして俺とココの間に壁があるふりをする。


「ここじゃねぇよ!」


 肩を小突くとココもケラケラと笑う。


「壁のない私になら話せるんじゃない?」


 流し目で俺の方をチラチラと見ながらそう言うので、断るとまた不機嫌になりそうだ。


 サルヴァが部屋に来たところから思い出しながら、お互いのセリフを復唱する。


 ココは俺の話を聞きながらも、クロエがサルヴァのために置いていった紅茶をすすり「ぬるいわね」なんて文句を言っているのであまり神妙にならずに話すことができた。


 ココも人の話ばかりだと退屈だと言ってクロエと出会った時の話をしてくれた。


 話の共になっていた茶を飲み干すと、ココは床にカップを置く。


「まぁ私の話はここまでね。今は貴方の話だったわ。片方は卑屈だし、片方は経緯をわきまえないバカ。バカの方の事情は知らないけれど、卑屈の方はよく知っているわ」


「卑屈は俺のことか?」


 ココは無視して続ける。


「冒険者を目指しても大成しない人は大勢いる。この街の酒場にでも行ってご覧なさい。中年を過ぎて体が動かなくなって尚、夢だけを語る酒飲みが大勢いるわ。スキルがあってもそのザマなのよ」


「そ……それはそうかもしれないけど……」


「今はまだ数多ある服屋の一つかもしれない。でも、たった数ヶ月でそこまで登りつめただけですごいことよ。私は最初の一年は行商であちこちを周っていたもの。この街を拠点にしたのはそんなに前の話じゃない」


「だから、もっと自信を持てって話か?」


「貴方は既に十分な自信家だと思うけれどね。特定の思い出に引っ張られているだけ。過去じゃなくて未来に思いを馳せてみなさい。ヴァーグマン商会なくしては皆が凍え、不便な生活を強いられている。そんな街が、貴方によって変わるの。『スキルの使い道』なんて言葉に過剰反応する必要はないわ」


 ハッキリとそう言い切るとココは俺を抱きしめてくる。そして、耳元で囁く。


「ちなみに、私は剣を振るうような野蛮な人はあまり好きではないの。職人芸がふんだんに使われている精密な服を大量に作れる人が好き」


「そっ……それは……金の匂いがするからだよな? そういうすっ、好きだよな?」


 何も言わないまま、やや時間が空いてココが離れていく。


 その顔は真っ赤。だが、照れているというよりは、もっと生理現象的な何かだ。


 それに、酒臭い。


「ココ、酒でも飲んだのか?」


「何のこと? 茶葉が少し傷んでいたのかしら? クロエったら、お茶目ね」


 指をカップの持ち手に引っ掛けると、子供のようにくるくると回して遊び始めた。


 カップの中にわずかに残っていた赤茶色の液体が服に飛び散っても一向に気にしていないココの様子を見るに、明らかに酔ってしまっている。


「おいおい。服、汚れてるぞ」


「ほ、ほんなの関係ないわ――」


 ココはベッドにそのまま倒れ込み、小さくいびきをかき始めた。


「クロエの野郎……」


 どうせ廊下で待機しているのだろうと予測して部屋から飛び出す。


 案の定、背筋を伸ばしたクロエが忠犬のように部屋の前で待っていた。


「おい、紅茶に何入れたんだよ」


 クロエは「てへへ」と笑って誤魔化そうとしてくる。


「強いお酒ですよ。でも、それも腹を割って話すためです。悩ましい時は、少しくらい正常な判断ができない方が楽ですよ」


 言いたいことは分かるが、こういうことを断りもなくやってくるので油断ならない。


「どうですか? 話せましたか?」


「サルヴァとはダメだったよ。むしろココと腹を割って――」


 ココに耳元で囁かれた言葉が頭の中で反芻する。


 不意に顔が熱くなっていくので、鼻がムズムズする、と適当な言い訳を並べ、顔を隠しながらクロエの前から立ち去ろうとすると、クロエが後ろから声をかけてくる。


「サルヴァさん、まだ出発されていないかもしれませんよ」


 見送りはクロエがしたのだろうし信憑性は高い。今ならまだサルヴァに追いつけるかもしれない。


「行ってみるよ。ありがとう」


 振り返って礼を言うと、クロエはニッコリと笑って俺の部屋に入って行った。

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