第30話 来訪

 イヴによるココの暗殺未遂から一ヶ月が経った。


 ココもよく皆をまとめているので、特に喧嘩もわだかまりもない。


 ただし、毎日の昼食後だけは違う。


「おい、早く動かせよ」


「ま……待ってよ。まだ勝ち筋があるはずだから……」


 イヴとココは二人でチェス盤とにらめっこをしている。正確にはココの手番で、相変わらず薄着のイヴに追い詰められている。


 脳筋だと思われていたイヴだが、実は頭が回る一面もあったらしく、ココのチェス相手に丁度良いとなり、最近はずっとこれだ。


 俺とクロエは、ココがケチョンケチョンにやられる様が珍しいので二人のチェスをよく見ている。


 そんなわけで四人でココの執務室に部屋にたむろして午後のひと時を過ごすのが恒例になりつつある。


 ひとしきり悩みあぐねたココは自分なりに見つけた勝ち筋らしい手を打つ。


 イヴはそれすらも読んでいたようで、すぐに対応する駒を動かした。


「あ……終わったわ。もう一回! なんでこんなに勝てないのよ!」


「ココは甘いんだよな。私が自分の理想通りに動くと思ってないか? ことチェスにおいては私のことを信用しないほうがいいぞ」


 イヴは勝利の余韻に浸りながらココを煽る。


 こんな冗談も普通に交わせるようになったのだから、本当に過去のことは過去になったのだろう。


 イヴに散々煽られているココが盤をひっくり返しかねない勢いでテーブルを叩いたその時、扉がノックされた。


 クロエが出迎えると、そこに立っていたのは他の使用人。後ろには見慣れない人達がいるみたいなので客人だろう。


 要件を聞いたクロエが近寄ってくる。


「ココ様、冒険者の方々がいらっしゃいました。例の盗賊の討伐依頼について興味があるそうです」


「盗賊?」


 イヴが首を傾げながら尋ねる。


「以前、私が手配した積み荷が襲われたのよ。そいつらがこの街の北の山を拠点にしているみたいでね。そろそろ片付けたくて冒険者を探していたの」


 俺が死ぬ気でスキルを使い続けてやっとこさ解決した時の話だろう。それから盗賊を討伐したという話は聞いていなかったが、やっとココも重い腰をあげたらしい。


「俺達はいないほうがいいか?」


「そこにいて。聞いてていいわ。イヴを倒す方法を考えてて」


 ココは盤と駒を執務用の机から小さな丸テーブルに移すと、俺達に寄越してくる。


「では、お迎えしますね」


 クロエか扉の方まで戻り、冒険者を呼び込む。駒を並べていると、視界の端に冒険者達が入ってくるのが見えた。


「えっ……ばっ、バンシィ!? 何でここにいるんだよ!?」


 懐かしい声がして顔をあげると、サルヴァが驚いた顔でこちらを見ていた。


「さっ……サルヴァ!?」


「あら、もしかして知り合いなの? 話が早くて助かるわ」


 ココにはサルヴァとあったことも全部話しているはずなのだが、すっとぼけてサルヴァの方を向いて尋ねる。


「えぇと……あ、そうなんです。出身の村が同じでして……」


「こいつ? 誰だっけ?」


 サルヴァの後ろからひょっこりと可愛らしい女の子が顔を覗かせてくる。


「ベルシュ、覚えてないんですか? スキルを貰った日に話したじゃないですか」


「そうだっけ? うーん……あ! あの役立たずのムググ……」


「あはは……お久し振りです。えぇと……バンジーさん?」


「ベンジーだったっけ?」


「凡人じゃないのか?」


 サルヴァの後ろにいる三人は俺の名前で好き放題に言ってくれている。


 こっちとしても胸糞悪かった事しか覚えていないので、名前は忘れた。だからおあいこだ。


「ベルシュ、ザーラ、キヤ。そのくらいにしてくれ。この人はバンシィだよ。俺の……幼馴染み」


 サルヴァが嗜めるも、三人はクスクスと笑っていて正直気持ちのいいものではない。


 名前と一緒に嫌な気分まで思い出してしまった。


 だが、依頼主のココの前だというのにこんな傲慢な振る舞いで、印象とか気にならないのだろうかと老婆心がはたらいてしまう。


「中々ユニークな方達ね。盗賊団はかなり強いらしいわ。人数も去ることながら、親玉がいて統制が取れている。四人で大丈夫なの?」


「心配しないでよ! 知らないの? 私達、勇者って呼ばれてるんだから!」


「な……お、お前たちがあの有名なパーティだったのか! 私も冒険者の端くれ。会えて光栄だ!」


 ベルシュが正体を明かすとイヴが興奮して前のめりになる。ぷるんとイヴの胸が揺れたのをサルヴァとキヤが見逃さなかった事を捉えた。普段、この屋敷には男は俺くらいしかいないので忘れていたが、これが普通の反応だと思い出す。


「冒険者界隈では有名人なのね。失礼したわ。それじゃ、早速だけどお願いできるかしら?」


「うんうん! 任せてよ! いいよね? ザーラ、キヤ」


「はい。いいですよ。サルヴァ、後はお願いしますね」


「俺も大丈夫だぞ。馬車で待ってるから詳細はよろしくな、サルヴァ」


「後はサルヴァに任せとけば大丈夫だよね。よろしくぅ!」


 三人はサルヴァの返事も待たずにそそくさとココの執務室から出ていく。


 ココはその様子を見て首を傾げる。俺も同じ気持ちだった。


 三人は明らかにサルヴァの人の良さに付け込んでいる。他の三人の力がどんなものなのかわからないが、俺を捨てたサルヴァがこき使われているのを見ると、少し気分が晴れてきた。


「サルヴァ、と言ったかしら。貴方に詳細を伝えれば良いの?」


「え……えぇ。それで良いです」


「分かったわ。クロエ、盗賊団の拠点について教えてあげて。地図と馬車も手配してね」


「はい。かしこまりました。サルヴァさん、こちらへどうぞ」


 クロエはきちんと使用人らしく振る舞い、サルヴァを部屋の外へ誘導する。


 サルヴァは部屋を出る前に一度振り向いてくる。


「ば、バンシィ。後で話したいんだ。いいか?」


 まさかサルヴァから話しかけてくるとは思ってなかったので言葉に詰まる。


「あ……そ……」


「いいわよ……って私が言うことではないわね。今、バンシィは私と組んで商売をしているの。クロエ、話が終わったらサルヴァをバンシィの部屋にお連れして」


「かしこまりました。ではサルヴァさん、参りましょうか」


 ココが俺の代わりに約束を取り付ける。


 こんなことも自分で蹴りをつけられないのかという恥ずかしさから、ココの方を見られずにいると、不意にデコピンが飛んできた。


 驚いて上を見ると、ココが近くによってきていた。


「バンシィ、後は貴方次第よ。世界中を旅する冒険者がこの街に何度も訪れる訳がない。これが最後のチャンスかもね」


 何のチャンスなのかと聞くまでもない。


 ココの目を見ながら頷き、自分の部屋に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る