第25話 刺客
ココのスキルにより、イヴは組み伏せられたままココの操り人形となった。
「貴女の目的は何? 私を殺すこと?」
「違う。さっきも言っただろう。ココを大星石教に勧誘しに来たんだ」
以前、大星石教の手先ではないかとクロエや俺を疑っていたが、どうやら本当にココのところへその手は伸びてきていたらしい。予兆があったからココも警戒していたのかもしれないが。
「ココ、俺たちが来る前に何があったんだ?」
「あ……えぇ。彼女が私を大星石教に勧誘してきたの。『下らない』と断ったら――」
「うがぁぁぁぁ! やめろ! その言葉を言うな!」
ココの言葉を遮るようにいきなりイヴが苦しみ始める。警備二人がかりでなんとか抑えたが、あまりの豹変ぶりに皆が驚いている。
「イヴ……貴女、なにかされているの? もしかして、特定の言葉を聞くと苦しむようになっている?」
「きっ……教祖様のスキルだ。《地雷》。特定の言葉を聞いた時、しばらくの間、刷り込まれた命令を遂行するようになるんだ」
「成程ね。く、から始まるあの言葉がそうさせていると。つまり、教祖様という人は私が断るのも織り込み済みだったのね。そいつから見れば、貴女も私も捨て駒、か」
イヴは大星石教のスパイ、というか刺客。ココが仲間になれば良し、ならなければ抹殺という計画だったみたいだ。
「なんでココを狙うんだ? ユニークスキル持ちだからか?」
「それに加えて、美人で金持ちでそれなりに顔も広く若い。モテるのは仕方ないわね」
イヴに尋ねたつもりだったのだが、ココがイヴの代わりに答える。
「冗談言ってる場合かよ」
「まぁ、もう悩まされることはないもの。貴方のスキルで守ってもらえばいいんだから。最初からこうしていれば痛い思いもしなくて済んだのにね」
「そうだけど……それじゃ根本的な解決にはなってないだろ」
「何でもかんでも根本から治すのは無理なのよ。ある程度のところで折り合いをつけないとね。バンシィ、彼女の下着に【幻術耐性】を付与して頂戴。彼女にかけられた洗脳を解くの」
「いいのか? ココのスキルも効かなくなっちまうぞ」
「大丈夫。信じているから」
一体誰のことを信じているのかわからないが、イヴはもう抵抗する気もなくなっているみたいだし、大丈夫だろう。
イヴの背中に手を当て、彼女の下着に【幻術耐性】を付与する。
「終わったぞ」
「バンシィ、ありがとう。イヴ、貴女はどうしたい? この数日、貴女は私を完璧に騙してみせた。その演技力や胆力は称賛に値するわ。このまま殺すのは惜しいの」
「くっ……殺せ!」
イヴは苦々しい顔でそう言う。駄目で元々、決死の覚悟でここまで潜入してきていたのだろうし、万が一の場合に殺される覚悟はしていたのだろう。
「本当に……本当にそれでいいの? 昨晩、夜通し笑い転げたのも、意味のわからない酔っぱらい同士のにらめっこも、全て演技だったの? 私には初めて対等に接してくれる友人ができた気分だったわ。貴女は自身のスキルのように、身分も立場も何もかもをわきまえない。そんな姿が良かったのよ」
「そっ……それは……」
ココらしからぬ作戦だ。あれだけ裏切られたというのに人を信じないとできない、情に訴えかける作戦にしようとしているのだから。
イヴの本心はまるで分からない。だが、今は誰のスキルよって洗脳されていないから、彼女から出てくる言葉は自分自身の意思で嘘を付くか、本音を話していることになる。そこで騙そうとするならそれまでの人だということだ。
「私は……嬉しかったよ。私はこのスキルのせいで初心者虐め、初心者キラー、初狩り、役立たず。数々の汚名を授かってきたからな。このスキルは私自身だ。刺客みたいな一方通行の矢としてではなく、私だから出来ることをココは見つけてくれた。それは……本当に……嬉しかった」
イヴの言うことは俺も理解できた。この街に来てどうなるのかと思っていたところをココに拾われた。
そして、ココは俺が《服飾》を使って生きる、つまり、俺らしくいられるように道を切り開いてくれた。
「ココ……」
「バンシィは黙っていなさい」
イヴを弁護したいわけではないが、彼女のその気持ちに偽りはないはず。それをココに伝えようとしたが、すぐに遮られる。
ココはいつもの値踏みをするような細めた目ではなく、慈しみを込めた優しい目つきでイヴを見つめる。
「イヴ、私は貴女を友人としてもう一度迎え入れたい。これまでの事は水に流してね。どうかしら?」
「い……いいのか? 私は命を狙ったんだぞ」
「どうもこの屋敷では命の価値が軽いみたいでね。以前にも殺人未遂が発生しているのよ。それももう過去のこと。だから、それを理由に貴女を咎めることはしないわ」
「うぅ……ココ……すまなかった……」
ココは無言で謝罪に応じると、警備の二人に命じてイヴの上体を起こさせ、向かい合う。ハグでもキスでも出来そうな距離感だ。
ココはイヴの顔を両手で挟み、顔を思いっきり近づけた。
後ろからクロエの悲鳴が聞こえる。
「本当に……下らないわね」
ココはその一言に恨み、やるせなさ、優しさ、すべてを詰め込んだように言う。
イヴはその言葉を聞いても発狂もしないし、ただ笑顔を見せているだけだ。
「とりあえず、血を洗ってきなさいよ。汚いでしょ」
「あぁ。そうだな。行ってくるよ」
部屋から立ち去ろうとするイヴを警備の二人がガッチリと固める。さすがに今のさっきなので仕方のないことだろう。
その行く手を遮ったのはクロエ。
イヴをほぼ全裸で外に置き去りにした件は、俺も手を貸したとはいえ首謀者がクロエということはイヴも知っているだろう。少しだけ部屋中に緊張が走る。
「あ……あの……イヴさん。さっきは……すみませんでした!」
「ん? 何がだ? 目覚めた時の使用人達の私を見る目、凄く興奮したんだよ。是非またやろう! じゃあ私は風呂に行ってくるからな」
ココに許されたからなのか、イヴは切り替えが早い。ガハハと豪快に笑うと、呆然とする俺たちを置いて風呂に行ってしまったのだった。
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