第24話 治癒
「こっ……ココ様!」
部屋の前で警備をしていた二人が慌てて飛び込んでくる。
一人はココへ、もうひとりはココを刺した犯人と思しきイヴへ向かっていく。
二人がほぼ同時に俺の左右を駆け抜けた瞬間、なぜかあたりの風景がスローになった。
いや、スローどころか、完全に静止している。なんのドッキリかと思ったが、一向に誰も動かないので、そういうわけではないみたいだ。
痛みに耐えるために大きく呼吸をしていたココもピタリと動かなくなって、まるで時が止まったようだ。
恐る恐る一歩を踏み出したが何てことはない。なぜか俺だけ影響を受けていないみたいだ。
キョロキョロと部屋を見渡していると、ココの部屋から続くウォークインクローゼットの扉が開き、誰かが出てきた。
「なっ……クロエ!?」
「ど、どうもぉ……」
クロエはいつものへこへことした態度で俺の前までやってくる。
「お前……何をしてたんだ?」
「クビになったんです。でも、もう一度ココ様に直談判しようと思って隠れていたんですよ」
「お前……そういうところだぞ」
クロエは「何がだ」と言いたげに首を傾げる。
いきなりの登場なので驚いたが、それよりも優先すべきことがあった。
「今はまずココを助けないとだな。クロエ、一体どうなってんだ? なんで俺たちだけ動けてるんだよ」
「詳しい説明は後にしますが、今は私のスキルで時を止めています。だからココ様を助ける猶予はいくらでもあります。バンシィさんはココ様のスキルを無効化しているので仕組みはそれと同じかと」
「ココは……イヴがやったのか?」
クロエは無言で頷く。何があったのかは本人達に聞くしかないだろう。
まずはココからだ。
「どうすればいいんだ? 医者を連れてくるのか?」
「普通ならそうしたいところですが、傷も深そうです。バンシィさんのスキルでどうにかなりませんか?」
「俺のスキルか……【自然治癒】なら傷は塞がるかもしれないけれど、どのくらいかかるかわからないぞ。ココが苦しむかもしれない」
「重ねがけはできないんですか?」
「服にもよるけど付けられるのは数個だからな……」
クロエは顎に手を当てて何か思案を巡らせる。すると、俺の目を見て語り始めた。
「私のスキルは《瞬間睡眠》。最初はただ自分が寝られるだけのスキルでした。やがて他人を眠らせられることに気づきました。そしてある日、私は思ったんです。時間を眠らせられるんじゃないかって」
「時間を……眠らせる?」
「はい。そんなことをイメージしながらスキルを使うと、本当に時が止まりました。時間を、眠らせたんですよ」
「つまり、イメージ次第でいくらでも応用が効くってことか。ちょっと待てよ……」
ココの服に【自然治癒】を付与する。能力を付与できるスロットは限られているからどうすべきだろう。
いや、そもそも限られていると俺が思いこんでいるだけなのかもしれない。元々目に見えないものだし、物理的な制約はないのだから、付与できる能力の数だって増やせるはずだ。
ココのベッドからシーツを剥がし、適当な服を作る。スロットは二つ。
二つあると思いこんでいるだけだ。本当は百個ある。
「マジかよ……」
スロットは百個。そんなイメージで【自然治癒】を付与すると、本当に百個付与出来てしまった。目の前の服には百個の【自然治癒】が付与されている。
クロエは即座に服を奪い取ると自分で着始めた。ポカンと眺めていると、また隠しナイフを取り出す。
一度ぎゅっと目を瞑り、ナイフの切っ先を自分の腕に向けて振り上げる動作を見たら何をするのかすぐに分かった。
「おい! やめ――」
ナイフは勢いよくクロエの白い腕に突き刺さった。【防御力強化】を一つもつけていないから当然クロエの肌はナイフを弾かない。
クロエは痛みに顔を歪めながらナイフを引き抜く。ナイフの刺さっていた場所からは鮮血が溢れ出るが、すぐに傷口が塞がり、血も止まる。流れ出た血はどこから来たのかまるで分からない程だ。
「こっ……これなら……」
クロエは痛みの余韻を引きずっているようで、脂汗を流しながら俺を見る。何をやりたいのかは明白だ。
「あいつの服にありったけの【自然治癒】をつけるんだな」
クロエは真剣な顔で頷く。
「そうです。そうしたら私の《瞬間睡眠》を解除して時を起こします。すぐにココ様の傷は塞がるはずです」
「もし足りなかったら?」
「また時を眠らせます。助からない時は……私が死ぬまでこの空間はずっとこのままです。私がヨボヨボに朽ちるその日まで、ココ様は美しさを保てます」
つまり、クロエは自分が死ぬまでココを生きながらえさせるということだ。この部屋で、ココの苦しんでいる顔を眺めながら悠久の時を過ごすクロエを想像すると、とてもじゃないが助けることを諦めるという選択は取れない。
そして、ココは時の眠った部屋で眠り続ける美女となる。おとぎ話にでもありそうな設定だが、知り合いが眠り姫にはなって欲しいとも思えない。
「縁起でもないこと言うなって。大丈夫だよ」
「そうですね……お願いします」
「あぁ、任せとけ」
ココの隣に跪き、ナイフを引き抜く。かなり深くまで入っていそうだ。
ナイフを横に置き、服に手を当てる。
今日はココのよく着ているお気に入りの白い服。上質な服なのだろうがスロットは一つしかない。
さっきと同じ要領で大量に【自然治癒】を付与する。ついでにナイフで切り裂かれた部分も補修する。血は後で洗えば落ちるだろう。
ココから少し距離を取り、クロエに向かって頷く。
クロエは唇を噛んで、少しすると応答するようにうなずいた。クロエも、本当にこれでココの傷がすぐに癒えるのか不安なのだろう。
さっきの痛みを思い出してみろ、という趣旨で俺が自分の腕をポンポンと叩くと、クロエはニッコリと笑ってもう一度頷く。
やってから気づいたが、俺のスキルを信じろともとれる動作だったことに気づき、少し恥ずかしくなった。
だが、それでクロエの緊張は解け、時も目覚めた。止まっていたことなんて知らないように、皆が動きを再開する。
警備の二人は各々の目的に向かって走っていくし、イヴは相変わらず呆然と立ち尽くしている。
そして、ココは大きく息を吸っていたが、警備に起こされると怪我人とは思えない素早さで辺りを見渡している。
「ばっ……バンシィに……クロエ!? これは一体……私はさっき刺されたはずなのに……」
ココは驚いた様子で、お腹のナイフが刺さっていたあたりをさする。
「まぁ……クロエのおかげだよ。俺一人じゃ多分助けられなかったからな」
「クロエ……」
ココは目がぼやけているのか、クロエの名前を呼びながら俺に抱き着いてくる。
何か香水を振り掛けているのか、かなり甘くていい匂いがする。
「おっ……おい……俺はクロエじゃないぞ」
「そんなの分かってるわよ。貴方にも感謝を伝えないといけないじゃない。助けてくれてありがとう。便利なスキルね」
「お前のほどじゃねぇよ」
ココは俺の胸の中でフッと笑うと匂いだけを残して離れていく。
次に向かったのはクロエ、ではなくイヴのところ。
既に警備に取り押さえられ、無抵抗なまま床に這いつくばっている。
「イヴ、人を信用するには時間が必要ということを教えてくれてありがとう。本当のことを話してもらうわ」
ココは強い言葉とは裏腹に目に涙をため、イヴを睨みつけながらコインを床に落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます