第23話 クビ

 イヴを騙し討ちしてから数時間後、店を早めに閉めて屋敷に戻る。


 正面玄関から入ると、屋敷の中は静まり返っていた。


 そして、入り口の近く。本来なら屋敷の広さを存分にアピールするためだけの空間に一人がけの椅子を置き座っていたのはココだった。


「おかえりなさい。バンシィ」


 いつもよりどっしりと低いココの声。屋敷の主がわざわざ出迎える。何が目的なのかはすぐに分かった。


「お……おう。ただいま」


「それだけ? 他に何か言うことは?」


「イヴのことだろ? 俺がやったんだよ。悪かった。イタズラのつもりだったんだよ」


「あら。庇うなんて優しいのね。ちなみにクロエは貴方がやったことだと言ってたわ。勿論、その後に私のスキルで本当のことを吐かせたけれどね」


 クロエは俺に全てなすりつけようとしたらしい。そこまでココは織り込み済みのようで誤解はないみたいで一安心だが、一瞬でもカッコつけてクロエをかばったのが馬鹿らしくなってきた。


「まぁ……あいつはあいつなりにお前を心配してんだろうよ。ちょっと間違った方法かもしれないけどさ」


「ちょっと? 同僚を騙し討ちして裸同然で真冬に外に放り出したのよ。ちょっとどころではないわ」


「こっ……言葉の綾だよ。そういえばクロエはどこにいるんだ? こっぴどく叱られて反省してるんだろ?」


「いいえ。もうこの屋敷にはいないわ。クビにしたの」


「なっ……クビにしたのか!?」


「当たり前じゃない。これで二度目よ。主命を守らないどうこうではなくてモラルの問題。これまで甘やかしすぎたわ」


 ココは自分の爪を見ながら冷たく言い放つ。爪を見るのに飽きたら枝毛探しを始めた。そこまでしてなんでこんな玄関に座っているのか、と問いただしたくなる。


「本当にいいのか? 後悔してないのか?」


「していないわ」


「じゃあなんでこんなとこに座ってたんだよ。ひょっこり戻ってくるのを期待してたんじゃないのか?」


「……してないわ」


 枝毛探しの手が止まる。ココの心がぐらつき始めたのが分かる。


「仮に、仮にだぞ。戻ってきたらどうするんだ?」


 ココは爪を眺めることも枝毛探しもやめて下を向く。いつものように細い髪の毛だが、今日はどことなく元気がなさそうにも見えた。


「……らない」


「なんだ?」


「わからないのよ。何故あの子はあんなことをしたの? 私がどう思うか考えてなかったってこと? そうだとするとあの子から私への忠誠心も、私からあの子への信用もその程度だったってことになるじゃない。それを……認めたくないのよ」 


 ココからすれば玄関から入ってくるのが俺でもクロエでも良かったのだろう。前者ならこうやって話ができるし、後者なら多分和解できる。


 そんな期待を裏切るわけにも行かないので、ココの隣にいき、同じ方向を見て床に座り込む。


「いつからここであいつが働いてるかとか知らないけどさ、あいつはココの事が本当に好きなんだと思うぞ。それに俺を殺そうとした件で反省はしてるよ。外に放り出す前に、ちゃんと【保温】をつけさせて、自分で安全のチェックまでしてたんだからな」


「良い話風にまとめようとしないで。動機がなんであれ、取るべき手段が違うと言っているの」


「そりゃあ……不器用だよなぁ」


 ココは「ふぅ」と鼻息を何度か出す。そして、話題を切り替えるのか、一度椅子に深く座り直した。


「貴方にはいないの? そういう……心を開いていたと思っていたのに一方的に裏切られた人」


「えらく具体的だな。でも、俺にもいるよ。サルヴァっていうんだ」


「そうなの……その話、聞かせなさいよ」


 ココの口ぶりはいつもの高圧的なものだが、声は穏やかそのものだ。


「えらい高圧的だな。まぁいいぞ」


 横に腹を割って話せる人がいるからか、【保温】のおかげなのか、火のない玄関ホールでも全く寒さを感じない。サルヴァの事を思い出しても穏やかなままでいられる。


 話の切れ目切れ目でココはうんうんと頷きながら話を聞いてくれた。



 ◆



「なるほどね……一応合理的な判断とも言えるけれど……当事者の前で言うことじゃないかも」


「もう言ってるんだよな」


「あら、ごめんなさい。貴方が当事者だったのね」


 少し鼻が詰まったような声でココが冗談を言う。神妙に受け取られるよりはこうやって冗談にしてくれたほうが気が楽になる。


 それなのに、ココは徐々に目頭に涙を溜め、一粒ずつ顔に伝わせる。


「お……おいおい。泣くほどのことじゃないだろ」


「そっ……そうよね」


 ココは慌てて涙を拭う。大方、クロエを首にしたことを後悔しているのだろう。


 日が暮れかけているし、街を出ていないとすれば宿屋を回ればどこかしらにクロエはいるに違いない。


「もう部屋に戻ってろよ。クロエはそのうち戻ってくるさ」


「えぇ……そうね」


 ココはすっと椅子から立ち上がり、そのまま部屋に戻ろうとする。


「あ、待てよ。この椅子ってどこから持ってきたんだ?」


 ココは何度か頭を横に振りながら答える。


「忘れていたわ。ごめんなさい。部屋から持ってたの」


「じゃあ持ってってやるよ」


「あら、気が利くのね」


「なんでも言うことを聞いてくれるメイドがいなくなったらしいからな」


「そうなのよ。困っちゃうわ。貴方はどう? 務まるかしら」


「無理だろ。こんな我儘な主人のメイドをやってくれるのは一人しかいないぞ」


「ええ、本当にね。悪いことをしたわ」


 肩をすくめてココは微笑む。ココはクロエがそのうち戻ってくると確信しているみたいで俺まで少し安心してしまう。


 椅子を持ち、階段を上がってココの寝室へ向かう。


 部屋の前まで行くと、いつものように扉の両脇に警備が二人。


 それと、扉の前であぐらをかいて座っていたのはイヴだ。いつものように下着姿。俺が【保温】をつけたせいで、彼女の露出ライフをより快適にしてしまった感は否めない。


「おう。遅かったじゃないか」


 イヴがここに向かってそう言うとココも微笑む。


「待たせたわね」


 別に二人がどれだけ仲が良かろうと俺には関係ないのだが、なぜかモヤモヤしてしまう自分がいることに気づく。


「バンシィ、ありがとう。ここでいいわ」


 部屋から少し離れたところでココは俺から椅子を受け取り部屋に向かっていく。


「ご苦労だったな」


 イヴも少し離れたところから俺に労いの言葉をかけてくる。クロエが地味にストレスを溜めるのも分からなくはない気がしてきた。


 ココに続いてイヴが寝室に消えていく。


 扉が閉まり切る直前、イヴが俺を見てニヤリと笑った。


 その目はこれまでに見たことがないほどに狡猾そうで、脳筋露出狂とは思えない。


 部屋の中で何が始まるのかは知らないが、あまりの変貌ぶりに驚いて立ち竦む。


 実はクロエのほうが正しかったんじゃないだろうか。イヴの身辺は大丈夫なのか。色んな考えが頭をぐるぐると駆け巡り、中々ココの部屋の前から離れられない。


 警備の二人も俺を怪しんではいるが、部屋の中にゴタゴタが伝わる事の方を嫌がっているみたいで特に何も言ってこない。


 そのまま五分か十分が経過した頃、いきなりココの部屋の中から叫び声が聞こえた。


 警備の二人も驚いているので、普段からあることではないのだろう。


 二人が部屋に入っていくときの違和感もあったので、迷わずにココの寝室に駆け寄り扉を開ける。


「なっ……」


 あまりの光景に絶句する。


 そこにいたのは、腹にナイフを刺されて床に倒れているココと、手についた返り血を震えながら見ているイヴだった。

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