第22話 放置

「バンシィさんは、イヴの鎧に防御力強化を付与するとか適当な理由で呼び出してください。そこで私がイヴを眠らせて、裸にして外に放り出します。露出狂にはちょうど良い仕打ちですよね」


「それが作戦なのか?」


「えぇ。それが何か?」


「いやまぁ……いいけどよ……」


 人が圧死しかねない重さの鎧を倒すよりは幾分マシなアイディアだが、新米を古参がいじめているようで気分は良くない。


「バンシィさん! 私が責任を取ります! だから、協力してください!」


 クロエには懇切丁寧に礼をしながらも俺がコピーした下着をチラチラと見せてくる。柔剛織り交ぜた脅しだ。


「いや……まぁ、協力って言うけどよぉ……別に俺が呼び出さなくても、あいつが一人になったところをクロエがこっそり狙えばいいじゃねぇかよ」


 クロエはギクリとした顔をする。


「そ……そ、それは……」


「単に一人でココに怒られるのが嫌なんだろ? まぁいいよ。一緒に怒られてやるし、その理由づくりのために呼び出してやるよ。後、せめて屋敷の庭に放り出すくらいにしといてやれよ」


「場所についてはもう少し考えてみます。やってやるって言い方が気にかかりますが、とりあえずありがとうございます。では、取り掛かりましょう」



 ◆



 イヴに恨みはないが、クロエに一応俺の弱みも握られている訳だし、泥を一緒にかぶることにした。


 昼間になるとさすがに服を着たようで、おなじみの露出度の高い鎧を着て屋敷を徘徊していた。


「よう。イヴ」


「おお、バンシィか。どうしたんだ?」


「スキルで能力を強化するって話、まだやってなかっただろ? 今日はちょうど店が休みだから試してみようと思ってさ」


 イヴは目を輝かせて俺の肩を掴む。


「ほ、本当か!? いいのか!?」


「あぁ。当然だろ?」


「助かるぞ! これで親衛隊長としての勤めも果たせるというものだ!」


 イヴは純粋に俺の嘘を信じているので、心がかなり痛む。このままネタバラシをしてしまいたくなるし、ココがイヴに入れ込むのも分からないでもない。


 だが、クロエに俺がココの下着をコピーしていることをバラされては困るので心を鬼にして屋敷にある工房へ連れて行く。


 工房の中は最近使っていないにも関わらず綺麗に保たれている。クロエあたりがきちんと掃除をしてくれているのだろう。


「ほう……ここは何なんだ?」


「工房だよ。俺が服を作ったりするのに使ってたんだ。今は店があるからあまり使ってないけどな」


「なるほどな。では頼むぞ」


 振り返ると、イヴは既に鎧を脱ぎ始めていた。鎧からはみ出さないようにするためなのか、下着もかなり細めの際どいデザインだ。


「ちょ、ちょ……ちょっとまってくれよ! いきなり脱ぐなって!」


「何をそんな気にすることがある。私がいいと言っているんだからいいじゃないか」


 イヴは俺の制止も聞かずに鎧を取り外し、下着姿で仁王立ちになる。


 顔をそらしていると、窓ガラスの反射でクロエが物陰から出てくるのが見える。


「《瞬間催眠》」


 ボソっとクロエが呟くと、イヴは意識を失うようにバタリと俺に向かって倒れてくる。


 思わず抱きとめると、俺の胸板とイヴの体の間で胸がひしゃげていて生唾を飲み込む。


「バンシィさん、そういうお楽しみはまた今度で。その時は私はお手伝いはしませんけどね」


「たっ、楽しんでなんかねぇよ! それにしても便利だな。狙ったやつを寝させられるのか?」


「いえ、私が決められるのは眠らせる範囲だけです。今はこの部屋の中くらいです。バンシィさんは自分のスキルのおかげで眠らなくて済むんでしょうね」


 ココのスキルを無効化する【幻術耐性】は意外と汎用性が高いらしい。クロエのスキルも無効化できるのだから、物理攻撃以外はだいたい弾き返せるのではないだろうか。


「なるほどな。とりあえず手伝ってくれ。こいつ、意外と重たいんだって」


「女性に重たいと言うのはかなり失礼ですよ!」


「わ、わかったから手伝ってくれって」


「仕方ないですね」


 クロエが間に入るとかなり楽になる。イヴの体を見ないようにしながらクロエの方に体重を寄せる。


 イヴを羽交い締めにする形でクロエが引っ張っていき、工房の床に横たえる。


「ふぅ……それにしても……本当に重たいですね。乳の中に鉄でも詰まってるんでしょうか」


「それも中々に失礼だけどな。これからどうするんだ?」


「はい。裸にして、窓から外に放り出します」


「まだかなり寒いぞ……裸はやばいだろ」


「それもそうですね……あ! バンシィさん、例のインナーにつけているやつって、例えばアクセサリーとかにつけても全身に効果があったりするんですか?」


「それはどうだろうな。試してないからな」


 そう言うやいなや、クロエはいきなり太腿に隠していたナイフを取り出し、俺の手を斬りつけてきた。


 素肌を出している部位だが、肌が鋼鉄に変わったかのように「カン」と高い音を響かせてナイフを弾く。


「なるほど。効果はあるみたいですね」


「ココもそうだけど、説明してからやってくれよ……」


「アハハ、すみません。案ずるより産むがやすし、ですよ」


「そういうことじゃねぇんだけどなぁ……」


 やられる側としてはたまったものではない。


 クロエはさっさとイヴからブラジャーを剥ぎ取って俺に渡してくる。露わになったイヴの上半身が視界に入る。重力に引っ張られてひしゃげているのがなんとも艶めかしい。


「これに【保温】を付与してください」


「本気かよ……」


「本気です」


 寒さについては問題ないだろうから、ほんのり暖かい下着を受け取って【保温】を付与して、クロエに返す。


 すると、クロエは俺に背中を向けると、自分の服を脱いで【保温】を付与した下着に着替える。


 そのまま窓に向かい、一気に窓を開け放つ。前と同じように冷たい空気が一気に入り込んでくるが、クロエはその入り口で立っているのにビクともしない。


 検証通り【保温】で全身が守られているのだろう。


「うん。大丈夫そうですね」


 クロエは一人で満足そうにそう言うと、元通りに着替え、眠っているイヴに【保温】を付与した下着をつけて脇から抱える。


 目線で「足を持て」と言ってきたので、仕方なくイヴの足を持つ。


 窓際まで運ぶと、クロエは自分一人でイヴを抱えた。


 クロエが開け放った窓の下には生垣があった。クロエは容赦なくそこへイヴを投げ入れる。


 続けて、テーブルの下から酒瓶を取り出し、これもクロエの傍へ落とした。大方、酔っ払ってそのまま外で寝た事にするつもりなのだろう。


「お前……徹底してんな……」


「当然です。私がココ様にとっての一番なんですから」


 嫉妬だけでここまで強く動けるものなのだろうか。ニッコリと微笑むクロエの病的なまでのココへの執着心に恐怖を覚えながらも、イヴの健康に危険はないので部屋に戻ろうとする。


 その時、ふと思い出す。


「なぁ、イヴって最初に店に来た時から薄着だったよな? 実は寒さにめっちゃ強いんじゃないか?  【保温】なんて要らなかったろ」


「あ! 確かに! 私って優しいですね。えへへ」


 悪魔のように笑いながら、クロエは鼻歌交じりに一人で仕事へ戻って行った。

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