第21話 作戦

 イヴが来て数日が経った。彼女が拝命したのは警備隊員。ココの屋敷を守る人達の一人なのだが、本人は勝手に親衛隊長を自称している。もちろん、そっちの隊員はいない。


 一人増えただけなのに騒がしさは以前の数倍にもなったが、それにも慣れてきた。


 早朝、仕事に行く前にココに用事があったのでココの居室に向かう。


 いつものようにフルフェイスの鎧で覆われた警備が二人でココの居室のドアを守っている。


「おはよう。ココに用事があるんだけど、呼んでくれないか?」


「は……しかしまだ起きておられませんので……」


「珍しいな」


 普段なら起きている時間なのだが。滅多なことも起こるもんだと思いながら踵を返すと、ガチャリとココの居室の扉が開く音がした。


 忙しなく振り返ると、部屋から出てきたのはココとイヴの二人。ココは寝間着が着崩れているし髪もぼさぼさ。イヴに至ってはスケスケの下着しかつけていない。相変わらずの露出狂ぶりだ。


「ふわぁ……おはよう」


 イヴは大きな欠伸をかまして挨拶をしてくる。


 ココはその隣で大慌てで髪の毛を直し始めた。いつもきちっとしているので、こういうオフの姿を見られるのに慣れていないのだろう。


「こっ、こんな早くから何の用?」


「いや……些細な事だけど、店の事で相談があったんだよ。寝起きっぽいし出直すわ」


「そうしてくれ。私はまだ眠いんだ」


 イヴに言っている訳ではないのに、勝手に返事をしてくる。


「お前じゃねえよ」


「ふむ。そうか。ではココ、また今晩。私も技を磨いておくよ」


「えぇ。おやすみなさい」


 俺の嫌味も意に介さず、イヴは下着のまま屋敷を徘徊し始めた。そのうちクロエが見つけて何かしらの布を巻きつけるのだろう。


 ケツをぷりぷりと振りながら歩くイヴを見送っていると、俺の横を伸びをしているココが通過する。


「イヴのアレ、凄いわよ。極上の心地だわ。何度意識が飛びかけたか分からないわよ」


「一体何してんだよ……」


 あからさまな匂わせなので、どうせ大したことはしてないだろうと思うのだが、クロエも良く部屋に呼び出されているし、ココは実はそっちの人なんじゃないかと思う節もある。そっちの人じゃなくても女は大好きだろう。


 ココは下手くそな匂わせを残して、そのまま寝間着のままどこかへ向かっていった。


 用事もなくなったので店にでも行こうかと思いココの部屋の前を離れる。


 住み込みの使用人達がじわじわと起き始めた頃のようで、あちこちでドアの開閉音が鳴っている。


 顔馴染みになった使用人達に挨拶をしながら廊下を進むと、クロエがトイレの前に立っていた。


「おはよう」


「バンシィさん、おはようございます。ちょっと良いですか?」


 クロエが俺を呼び止める事は滅多にないため少し身構えてしまう。


「お……おう。なんだ?」


「ちょっとこちらへ」


 クロエは口に人差し指を当てて近くのリネン室へ俺を誘う。


 部屋に入ると、クロエはそそくさと扉を閉めた。


「どうしたんだよ」


「どうしたもこうしたもありませんよ。あの女……クソッ!」


 クロエは鬼の形相でシーツを殴りつける。


「イヴか? 親衛隊長だからな。ご主人を守るのが仕事だろ」


「だからって……あの人、ココ様のトイレにまでついていくんですよ!? 許せません! 本当なら私がお風呂もトイレもご一緒したいのに!」


 怒りのあまり、自分の趣味まで暴露しかけているが聞かない事にして続ける。


「クロエもイヴが来る前まではよく部屋に呼ばれてたんじゃないのか?」


「それはそうですが……朝まで一緒だったことはありませんし、ただ話をしていただけです。あの女は毎朝乱れた服で出てくるんです。絶対にやってますって!」


「別に何をやっててもいいだろ」


「そうはいきません! ココ様の夜のお相手は私が勤めるんです! バンシィさん、手伝ってください。あの女をぎゃふんと言わせるんです!」


「何で俺がそんな事を手伝わないといけないんだよ」


 クロエは待ってましたとばかりににやりと笑いポケットから真っ黒なブラジャーを取り出す。


 それは、俺が記憶を頼りに作り上げたココのつけていた下着を模したもの。少しでも胸を盛れるようにといくつか試作していたのだ。


「おっ、お前! 何でそれを持ってんだよ!」


「しーっ。静かにしてください」


「どこで見つけたんだよ。お、俺のじゃないからな」


 俺の動揺を隠す下手くそっぷりからも、クロエはもう確信しているのだろう。鼻で笑うとポケットに戻して俺の方を向く。


「ココ様に言いつけちゃっても良いんですよ。下着をコピーして夜な夜な慰み物として使っている変態だと」


「そっ、そんな事には使ってねぇよ! ただあいつのため――」


「ココ様のためですか。ではこれもココ様のためです。あの女からココ様を救うんです。変態としてこの屋敷で過ごしていくのが嫌だったら私に協力してください」


 使命に燃えるクロエの暴走は誰にも止められないのだろう。目には炎がメラメラと燃えている。俺の反応が良くないからか、クロエは更に畳み掛けてくる。


「バンシィさん、これまでココ様に受けた御恩、ここで返す時です!」


「そんな大層な事はしねぇだろ……大体、ココは困ってるのか? 部屋に呼んでるって事はあいつも満更じゃないんだろ」


「そ……それは……」


「ほらな。まぁちょっと待ってれば、あいつに飽きてまたクロエの番が回って来るだろ」


「い……嫌なんです! それでは……私が……私がココ様にとって一番でないと!」


 クロエはさっきまでのお茶らけた様子はなくなり、少し悲しそうな顔をしてそう言う。


 俺の時も、下手をすると命まで奪いかねない勢いで妨害してきていたし、クロエにとってココはそれだけ重要な存在なのだろう。


 だが、同じ轍を踏むとクロエが反省していない事になってしまい、余計にココはクロエを遠ざけてしまうかもしれない。


 このままクロエを一人で行動させるのは危険だし、本人のためにもならなさそうだ。


「クロエ、分かったよ。手伝ってやる。だからってイヴに向かってナイフとか突き刺すなよ」


「バンシィさん、ありがとうございます。でも、そんな事はしませんよ。もう懲らしめ方は考えてあるんです」


 クロエはニヤリと笑って、俺に作戦を伝え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る