第20話 内緒話
「じゃ、話は決まりね。クロエ、イヴを屋敷へ案内して。必要なら部屋もあてがって」
「は……はい! イヴさん、こちらへどうぞ」
クロエはココの寵愛を受ける部下が増えたからか少し不機嫌そうだ。
だが主命に逆らう程ではないようで、笑顔を崩さずにイヴを連れて休憩室から出ていく。少し間が空いて、カランカランと店の出入り口が開閉される音がした。
店の中には俺とココが二人きり。店舗の方からは物音ひとつしないので、クロエとイヴが潜んでいる可能性はゼロに等しいだろう。
それでも疑り部会ココは休憩室のドアを開くと店舗の中をぐるりと回り、人のいない事を確認し、扉に鍵をかけている。よほど内密な話なのだろう。
「ココ、どうしたんだ?」
ココは眉間に皺寄せて腕を組み俺の前に仁王立ちする。
「話は二つ。バンシィ、貴方の好みの体系と、さっきの粗相についてよ」
「は……はぁ……」
「何よその気の抜けた返事は」
「いや……もっとこう……イヴの出自について疑っているとか、そういう話じゃないのか?」
「まぁ、それもあるわね。だけど私は人を信じる練習をしているの。何でもかんでもスキルを使って吐かせるのは止めたの」
「それでココがいいならいいけどよ。何かあったらじゃ遅いんだぞ」
「あら。心配してくれているのね。ありがとう。でも大丈夫よ。私にはこれがある。どうしようもなければ使うわよ。死にたくはないもの」
そう言って手に取って見せてくるのは銅貨。よほどの不意を突かない限りはココが優位なのは間違いないだろう。
「じゃ、俺があいつの鎧に【幻術耐性】を付与すれば話は別だな。そうすりゃイヴは好き放題出来る訳だ」
「そうね。でもそうはならない。何故なら貴方にそんな事をするメリットが無いもの」
ココは俺の内心を見透かしたように微笑みながらそう言う。
実際、ココと敵対する意味は全くない。何不自由ない生活をさせてもらっているし、やる事もある。むしろ俺はココを守る側に立つべき状況だ。
「納得してくれたかしら」
「あぁ。それじゃ俺達も帰るか」
「待ちなさい。本題はこれからよ」
立ち上がろうとしたところで、ココが俺の頭を押さえつけて無理矢理座らせてくる。ココから言い出したのだから忘れているはずが無かった。
目線の高さ的にはココに見下されている形になるのであまり気分は良くないが、覚悟を決めてココの顔を見上げる。
「何なんだよ」
「私の部下で欲情するのは止めなさい。あの子はもう私の物なの。いくら劣情を掻き立てるような恰好をしているからってあんな露骨に鼻の孔を広げて胸を見続ける事ないでしょう」
「わ……悪かったよ」
「本当に反省しているの?」
今日のココはやけにしつこい。ズズイと前のめりになって俺の顔を覗き込んで来る。目が合うと何故か気まずくなり、横を向いてしまう。
「し、してるよ」
「なぜ横を見たの?」
「い、良いだろ! しつこいな!」
やけにココが噛みついてくる理由に不意に合点がいく。前にココの部屋でココの下着姿を観察した時の事を思い出したからだ。ココは寄せてはいるが、大きさはそれなり。つまり、イヴに嫉妬しているのだろう。
「良くないわ。さっきも言ったけど――」
「嫉妬か?」
食い気味に返すと、ココは「はぁ?」という顔をするが、すぐに首元まで真っ赤になる。
「ちっ、違うわよ! 誰が嫉妬なんて……」
そのままココは下を向いてモゴモゴと言葉にならない言葉を発する。ココの弱点を見つけた。その事実に自分の口元がどんどん綻んでいくのが分かる。
「ま、そんなに気にするなよ。そのうち俺のスキルで胸も盛れるようになるさ。それにほら、大きさじゃないって考え方もあるだろ? 普段は柔軟な考え方が出来てるんだからさ、これも切り替えていこうぜ。な、ココさん」
俯いていたココはポケットから銅貨を再び取り出し、床に叩きつける。
フレアスカートで広がってはいるが、かなり力が入っているようで、ガニ股になっているのが服の上からでもわかる。
「バンシィ……なさい」
「ん? なんだ?」
「今すぐに! 言いなさい! 乳は脂肪の塊だと!」
「おっ……おう」
「言いなさいよ!」
店の外まで響くのも気にせず叫ぶ。どうやら虐め過ぎたらしい。いくらコインを投げようと俺には効かないのだから、いかにココが冷静さを失っているかがわかる。
少しすると、ココは少し冷静になってきたのか、肩で息をしながら床で跳ねて飛んで行ったコインを回収している。
「わ、悪かったって。本当に。俺はデカすぎるのは好きじゃないよ」
「本当なんでしょうね?」
「ほ……本当だよ!」
「そういえば、前にクロエの着替えを見させた時も私と比較していたわね」
「あっ、あれはお前が見ろって命令したんだろ!」
「私は見ろとしか言っていないわ。勝手に比較しろだなんて一言も言っていないじゃない!」
中々にぶっ飛んだ言い訳だが、ココがこんな風に感情を爆発させているところは見た事が無い。
しかもそれが胸の大きさを気にしての事だから尚更だ。普段は冷徹な商人でプリムの街を締めている存在なのだから、そのギャップで何故か笑えてきてしまった。
「ハハハ! ココ! 普段は部下を詰めてるやつが、なんでそんな小さい事を気にしてんだよ!」
「は……はぁ?」
普段の冷徹なココが胸を揉みながら首を傾げているところを想像するとかわいらしさと面白さがこみあげてきて、ツボに入ってしまった。
ひとしきり腹を抱えて笑っていると、ココも怒りを忘れたようで一緒になって笑い出す。
二人で向かい合って笑っていると、お互いに涙を流していたのでお互いに指で拭う。
「もう……貴方といると自分が自分でなくなりそうだわ。とにかくそういう事だから。私の部下への手出しは禁止よ」
ココは俺の返事も待たずに息を吸って続ける。話し出す前から顔が真っ赤だ。
「もっ、もし手を出すなら、わっ、私にしなさい! 以上!」
そう言って、一人で休憩室から走り出てしまった。すぐに店の出入り口の開閉音もしたので屋敷にでも戻ったのだろう。
「出資者に手を出したら後が怖そうだよな……」
この街では誰もが恐れているであろう大商人に手を出す勇気なんてこれっぽっちも出ないまま店仕舞いを一人で再開するのだった。
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