第19話 固定

 謎の露出狂の女を店の奥にある休憩室に通して、そこに座ることになった。


 普段のココの屋敷では、どの部屋にもないレベルの狭さだ。二人ずつ並んで腰掛けると肩が触れ合うくらいの距離感なのだが、隣りに座っているココはそんなことは一切気に留めないらしい。


「クロエ、お茶をお持ちして」


 クロエは元気よく「はい」と挨拶をして休憩室から出ていく。


 いつの間に湯を準備していたのかは知らないが、すぐにポットとカップを持って戻ってきた。


 三人分のカップを並べお茶を注ぐと、部屋の入口に戻り背筋を伸ばして立つ。なんというか使用人らしい所作だ。最近はクロエのこういった姿をあまり見ないので俺はもう客扱いではなくなっていることに嬉しさと寂しさを覚える。


「さて、こちらがこの店の店主のバンシィ・ヴァーグマン、私はココ・アイルヴィレッジ。彼の……上司です。こちらにはどんな御用で?」


「イヴ・ハニュイズだ」


 露出狂の女ことイヴは自分のへそを眺めながらそう言う。旅が長くあまり髪を洗えていないようで、ぼさぼさの赤髪を一度後ろでまとめて、手を離すとボワっと広がった。背中なので見えないが、腰には届かないくらいの長さだろう。


 イヴは自己紹介から更に話を続ける。


「単刀直入にいうと、私の服を作ってもらいたい」


「服?」


「あぁ。私のスキルは少し変なんだよ。そのせいでどんな鎧を着ても性能が変わらないんだ。ここでは厚着をしなくても寒くないなんて魔法みたいな服を売っているじゃないか。同じように私にも性能の良い服を作って欲しいんだ」


 俺のスキルを使って【防御力強化】を付与すればこの人の望みは叶えられる。だが、防寒用の服から飛躍して鎧並の性能を持った服を作ってくれだなんて、あまりに突拍子もない依頼なので少し面食らう。


「いや……どうでしょう……」


 まるでイヴは俺のスキルの事を知っているかのようだ。そこに引っ掛かってうまく返事が出来ない。俺のスキルの事はココの使用人であれば知っているので、そこから話が漏れた可能性も否定できない。


 どう返事をしたものか悩んでいると、床からチリンと何かが落ちた音がした。聞き覚えのある、少し懐かしさすら覚える音だ。


「イヴ・ハニュイズ、貴女を銅貨一枚で買うわ。貴女のスキルについて教えなさい」


 ココはさっさと相手の狙いを掴みに行くため、自身のスキル《商才》でイヴを買った。


 イヴは目をとろんとさせ、「あぁ」と呟いて続ける。


「私のスキルは《固定値》。どんな装備を使っても威力が変わらないんだ」


「つまり……木の棒と布の服の時と、鋼鉄の剣と鎧を身にまとっている時、どちらも同じ性能ということね。もしかして……木の棒でも鋼鉄の剣くらい強いということ?」


「残念ながら逆だよ。精々質の悪い銅剣くらいの威力しか出ないんだ。全力だろうと力を抜いてやろうと同じさ。冒険者になりたての小僧が相手にする弱い魔物くらいなら相手にするのは訳ないが、逆に言えばその程度が私の限界だ」


「なるほどね。一応確認させてもらうわ」


 ココは無防備なイヴの眉間に指をあて、スキル名を確認する。すぐにうんと頷いたので嘘はついていないみたいだ。


「じゃあ次ね。バンシィ、今貴方の服はどうなっているの? 前の鎧を弾いた能力はまだついているのかしら」


「お……おう。ついてるぞ」


 言うや否やココは俺の肩を思いっきり殴りつけてきた。


 当然、俺はびくともしないし、ココはそれなりに力を入れていたから手をさすりながら顔を歪める。


「うぅ……痛いわね……」


「ハッ……当たり前だろ。何してんだよ」


「笑っていられるのも今のうちよ。これは必要な犠牲だったの。イヴ、彼のみぞおちを殴りなさい」


「はい」


 イヴはココの意のままに動く。椅子から立ち上がり俺の真横にやってきた。そして、躊躇なく俺の腹に向かってパンチを繰り出す。


「うぐっ……いってぇ……」


 イヴに自分の意志は無い。虚ろな目のまま、うずくまる俺を立たせてくる。


「イヴ、そこまでよ。彼を解放して」


 自分のせいでこうなっているのに、恩着せがましくココがイヴを止める。


 イヴが自分の椅子に戻ったところで、ココはイヴを「捨てた」。


「なっ……何なんだ今のは!」


 イヴは我に返って慌てふためくが、俺達は見慣れた光景なので、苦笑いするのみだ。


「それは後で説明するわ。貴女のスキル、興味深いわね」


「そういえば、俺のスキルを貫通してたんだよな。痛すぎて忘れてたぞ」


 ココは自分が笑われた仕返しだとばかりに「ハッ」と俺の笑い方を真似て笑って続ける。


「それを検証したかったの。どんな武器を使っても威力が変わらないっていうのは、裏を返せば相手に届いた攻撃も固定で変わらない。つまり、鎧も無視できるって事みたいね。便利じゃない」


「おぉ……目から鱗だぞ……」


 ちょっと考えたら分かりそうな応用方法だが、イヴは目を輝かせて頷く。


 どんな鎧を身にまとっても性能が変わらないというスキルの応用として、極限まで露出度を上げた鎧にするくらいしか思いつかなかったところからも、彼女の雰囲気からは脳筋っぽさが滲み出ている。


「素直でいい子ね。貴女、今は何をしているの? どこかで雇われている?」


「いや、フリーだな」


「じゃ、うちで警備として働かない? 給料は弾むわよ」


「なっ……わ、私でいいのか? 魔物とすら碌に戦えないんだぞ? 人間だって武装した相手だと勝てないし……自分で言うのもあれだが、私は無能だぞ。期待に見合う働きが出来るとは思えないよ」


 謙遜と言うには行き過ぎた言動。それに目の輝きも一気に失われていく。


 俺がこの街に来た日の事を思い出した。サルヴァにいいように捨てられ、この街の仕立屋でも要らない奴扱い。


 弱い魔物とでも戦えるなら俺からすれば羨ましい限りだが、これまでの彼女の扱いが透けて見えるようだ。


「良いのよ。条件は一つ。平時はその鎧を脱がない事。それだけよ」


「あ……あぁ! それくらいならお安い御用だ!」


 イヴが身を乗り出してくる。


 あまり意識しないようにしていたのだが、鎧の下でぷるんと震える大きな胸が視界に入るとそのまま目線が動かせなくなる。


 彼女のスキルは視線を固定する効果があるのかもしれない。


 そんな風に自分を正当化しながら視線を固定したままにしていると、不意に太腿に強い痛みが走る。


 驚いて隣を見ると、ココはイヴに笑顔を向けたまま俺の太腿に手を伸ばし、思いっきり爪を立てて引っ掻いていた。


 彼女を招き入れたところから少し怪しかったが、ココはイヴを自分の持ち物にしたがっているようだ。

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