第15話 労い
目を覚ますと薄暗い部屋にいた。
見覚えのある調度品に部屋の内装。いつもの匂い。俺のベッドに寝ていたみたいだ。正確には、俺がココから借りている部屋にあるベッド。
意識がはっきりしてくるにつれて、首を回せるようになってきた。
光源のある右側を見ると、誰かが蝋燭の光を遮るように座っている。パラパラとページをめくっているので本でも読んでいるのだろう。
「あら。起きたのね。意外と早かったじゃない。起き上がれそう?」
声の主はココだった。「あぁ」と返事をして起き上がろうとするが、身体に力が入らず、首だけが上下する。体を動かしたいのに動かない。不思議な感覚だ。
「おっ……な……なんだこれ!?」
俺が慌てふためく様子を見て、ココが声を出して笑う。
「まだ疲れてるのね。覚えてる? 倉庫で立ち上がった瞬間に倒れて、そのままここに運んできたのよ。一日中スキルを使ったんだから無理ないわ」
「そういうことか……ありがとな。ココが連れてきてくれたのか?」
「そんなわけ無いでしょ。クロエにも手伝ってもらったわ」
自分一人の手柄ではない、と言いたいのだろう。クロエにも合わせて礼を言おうと部屋を見渡すが、この部屋にはココ以外誰も見当たらない。
「クロエはいないのか?」
「誰もいないわ。今日はもう皆非番にしたの。昼間にたくさん働いてもらったからね。夜勤もなし。皆に特別ボーナスを出したから今頃市場で飲んだくれているんじゃないかしら」
「優しいんだな。皆ってことは俺もか?」
「残念。貴方だけは特別よ。警備も皆非番にしてしまったから、私の寝室を守る人がいないの。寝込みを襲われたらいくら私でも対処できないから困ってしまってね。ここに一人都合のいい人がいたことを思い出して、起きるのを待ってたのよ」
「俺も動けねぇんだって……」
「それまでは私も起きてるわ。だからその後はよろしくね」
ふと、ココとの最初の出会いを思い出す。
確か、ココは俺に投資をする、協力関係を築く、スキルが使い物にならなければ使用人として雇うと言っていた。
つまり、今は俺はココに雇われているわけではない。クロエや他の警備員と違って。
だからこそ、俺だけは別扱いにして、自分の部下をきちんと労っているのだろう。
経営者らしいというか、外面が良いというのか、無茶苦茶な人だと思った。
「これは別料金だからな」
「あら。察しがいいのね。じゃあ、これでどう?」
ココは本から目を離さず、左手を伸ばしてきて俺の頭をさする。
少し恥ずかしいが、久しくなかった人との触れ合いなので心が満たされていくようだ。
「あぁ……気持ちいいな」
不意に声が漏れると同時に手がピタリと止まり、ゆっくりと頭から離れていく。
「貴方……まさか、これすらも性の対象なの? 非番にするから夜の店に行ってきなさいよ。私にそんな事をさせないで」
「ばっ……ちげぇよ! ただ安心して、緊張が解れたから声が出ただけで……」
「ブッ……そ、そうよね。フフフ! アハハハ!」
何が面白かったのか、ココは一人で腹を抑えて笑っている。
ひとしきり笑っていたココは落ち着くと、にこやかな顔つきで本を机に置き、体ごと俺の方を向いた。
「私の想像力が逞しすぎただけだったわ。失礼。でも、落ち着くってことはつまり……私に一定の信頼を置いているってことかしら?」
「どうだろうな。少なくとも悪くは思ってないぞ」
「……なるほどね」
ココは少し考える素振りを見せる。
「なんだよ」
「いえ……最近考えていたのよ。人を信用するにはどうしたらいいのか。相手に信用してもらうためには、まず自分から信用しないといけないのかしら?」
「両方だろ。入れ替えたら同じことが言えるじゃねえか。どっちかを条件にしてる時点で絶対に信用は成り立たない。俺はそう思うな」
ふと、サルヴァの事が頭をよぎった。『あの日』まではお互いに無条件で信用しあっていた。あのまま二人で旅に出ていたとしても、それは揺るがなかっただろう。
「まぁ……そうよね。こんなに疑り深いと、相手からも信用してもらえない、か」
そう言ってココは下を向く。
今朝、【幻術耐性】のテストで嘘をついた時のやり取りを思い出す。
ココは疑り深い。周囲を疑い、スキルで本当のことを言わせる。それに飽き足らず、自分のスキルすら疑い、いつでも無効化されていいように手を打っていたくらいなのだから。
「なぁ……ココ。今朝のこと、悪かったよ。素直にスキルのテストがしたいって言えばよかったよな。スキルでつけられる能力、今から全部教えるよ」
「それはまたの機会にしましょ。私こそ、貴方をもう少し信用すべきなのかもしれない。前にも、倒れてくる甲冑から私を助けてくれたこともあったしね」
クロエが俺を殺そうと目論んで甲冑を倒した事件のことを言っているのだろう。
「あれは……無我夢中だったんだよ」
「照れないの。それに本能的に動いてくれたって方が嬉しいわ。それだけ『私を守る』って想いが奥に刻み込まれているってことでしょう? 護衛としてはおあつらえ向きね」
「そうかもな」
「冗談で言ったのよ。否定しなさいよ」
「何でも思い通りに動くわけじゃないからな」
ココが押し黙る。ココのスキルは相手を思い通りに操れる。雑談のつもりだったのだが、それを皮肉ってしまったようにも捉えられなくもない。
「そろそろ動けるようになったんじゃない? そこ、空けなさいよ」
ココの言う通りで、さっきよりは幾分体の重さも取れてきた。護衛が務まるかは微妙なところだが。
「なんで俺のベッドで寝るんだよ。そろそろ歩けるようになってきたからココの部屋でもいいんだぞ」
「面倒じゃない。ほら、そこどきなさいよ」
ココは、なかなか起きてこない息子を叩き起こす母親のように俺の布団を剥ぎ取ってベッドから蹴り出してくる。
抵抗する力も残っておらず、ズルズルとベッドから這いずり落ちていき、床に胡坐をかいて座る。
ふらつきながら体勢を整え直すと、ココは既に布団に潜り込んで顔だけを覗かせていた。
「待っている間、寒かったのよね。貴方も人並みに暖かいのね。若干男臭さはあるけれど我慢するわ」
冬の足音も近づいてきたこの頃は、広い屋敷では厚着をしないと快適な生活は送れなくなってきている。現に今も床からの冷気がジワジワと体温を奪っていく。
「俺はいいのかよ!? 朝まで床に座っていたら風邪ひいちまうぞ!?」
「それは困るわね。布団に入れてあげても良いわよ」
ココは怪しく微笑みながら布団を少し開いて招いてくる。
「そっ……そんなの出来る訳ないだろ」
倫理的にという意味と、これがバレたら俺はいよいよクロエに殺されかねない。
「あら。信用の証よ。私は貴方に何もしないし、貴方も私に何もしない。お互いに信用しているなら何も問題は無いじゃない。もしかして、この期に及んで私が信用できないとでも?」
「い……いや……」
「あぁ、そういえば頭を撫でられて興奮するくらいだったものね。隣に女体があったら耐えられない?」
クスクスと挑発するようにそう言ってくるので、負けず嫌いが発動してしまった。
よろよろと立ち上がり、ベッドに横たわる。
布団を半分奪うと、身体がはみ出ないようにココがこっちにズズイと寄ってきた。
「それでいいのよ。じゃ、おやすみなさい」
ココは本当に気にしていないようで、深呼吸でリラックスすると目を瞑る。
睫毛と鼻が天井に向かって伸びていて見惚れそうになるが、あまり意識すると寝られなくなりそうなので邪念を振り払い目をつぶる。
動けるようになったとはいえ、まだまだ疲労は残っていたみたいで、あっという間に眠りに落ちてしまった。
◆
次の日、目が覚めるとココは俺が眠りにつく前と寸分も変わらない体制をキープしていた。寝相は良いみたいだ。
だが、自分の左手の甲を見ると、明らかに誰かに何度もつねられた跡が残っていたのだった。
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