第14話 名案

 ココの窮地を救うアイディア。


 それは、俺のスキルを使って、服なんかの布製品を素材である布へ戻す事。


 やったことは無いが、多分できるだろう。


 ベッドに近寄って枕に手を当て、スキルを発動する。枕を布の塊に変換するイメージだ。


 目を開けると、枕はきれいに折り畳まれた布切れと羽根にわかれていた。


「なるほどね。素材から服が作れるスキルを応用して、布を使った完成品を素材に分解、布を作り出すってわけね」


「そういうことだ。どうだ? いけるだろ」


「まぁ……あまり張り切りすぎないようにね。力の使い過ぎは体に毒よ」


「使いまくって成長させろって言ってたろ」


「休息も必要なのよ」


「事態が落ち着いたらゆっくり休むさ。どれだけ必要なんだ?」


 ココは腹を括ったように頷くと踵を返して部屋の出口に向かう。

 

「見せてあげる。ついてきなさい」




 ◆




 到着したのは、屋敷からほど近いところにある倉庫。


 警備員は顔パスでココを通してくれた。


 重たそうな扉を開くと、中は人がいくらでも入りそうなほど広い空間だった。


「おお! すげぇ広いな」


 叫ぶと倉庫内で何度も音が反響する。


「つまり、それだけ布が置けるということよ。今はすっからかんだけどね」


「こんな広いところをいっぱいにしてたのか? これがすっからかんになるって、ちゃんと在庫管理くらいしとけよな」


「誰かさんのスキルを成長させるために使ったのよ」


 ココは恨めしそうにじろりと俺を見てくる。


 スキルの練習や商品開発、店に並べる商品作成のためにココに言って大量の布を用意させていたことを思い出した。


 商品の服はすでに出荷されて他の街に向かったので、それを布に戻すことはできない。


「まぁ……恩は返すよ」


 この緊急事態を招いた原因の半分が自分にあったことを知り、少し気まずさを感じていると誰かが倉庫に入ってきた。


「おっ、お待たしぇしましたぁ……」


 大量の服や汚れた布を持ったクロエがフラフラと歩いてくる。ココが命令して使用人達は街中の不要な布製品を集めていて、それが到着し始めたということだ。


「よし! やるか。クロエ、そのへんに置いといてくれ」


「は、はいぃ……」


 腕をプルプル振るわせながら、ドサっと大量の服の塊を床に落とした。


 そこに手をかざし、スキルを発動する。


 一瞬で着古された服たちが折りたたまれた布に早変わりした。


 染料やボタンはそのまま素材として分別されていて、それはそれで使えそうだ。


「ふぅん。悪くないわね。でもまだ全然足りないわ。この倉庫の半分くらいを今日引き渡さないといけないのよ」


 クロエが大量に抱えていた服から取り出せた布では、倉庫を満たすどころか、倉庫の広さを再認識するほどの量しか用意できなかった。


「マジかよ……」


「マジよ。こうなったらとことん貴方の力を利用させてもらうわ。頑張ってね」


「はいよ。褒美を楽しみにしてるからな」


「あら。強欲なのね」


 ココはにっと笑って倉庫から駆け足で出ていく。そして、すぐに身体を覆い尽くすほどの服を持って倉庫に戻ってきた。


 クロエのように、かなり無理をしていたようで、うめき声を出しながら投げ捨てるように床に服を置く。


 細身で非力そうなので、腰でもやってしまいそうに見えて心配だ。


「おいおい。主人は休んでろよ。細いんだから身体に響くぞ」


「ふぅ……そんなわけにはいかないわ。一人でも人手があった方がいいからね。貴方はさっさと布を用意するの。ほら、さっさとしなさいよ。どんどん来てるんだから」


 倉庫の入り口から俺のところまで、延々と人が並んでいる。リレー方式で服を受け渡しては俺の前に積まれていくシステムになるようだ。


 流れを止めないために、スキルを発動し目の前にある服を布に変える。


 すると、待機していたココやクロエが出荷先が書かれているであろうメモをピンで布の塊に挿し込む。


 それを更に出荷担当の部下達がえっちらおっちらと倉庫から運び出す。


 そんな風にサイクルが回り始めた。


 サイクルの中心にいるのは勿論ココ。出荷先のラベル付けをしながらも、全体の流れが止まらないように常に目を配っている。


 忙しそうにしているココをちらりと見ると目が合う。ココは安堵したのか柔らかく口元だけで微笑みかけてくれた。


 その微笑みを見て何故か顔が熱くなってしまったのだが、理由は思いつかなかった。



 ◆



「ふぅ……これだけ在庫を積んでおけば安心ね。皆、お疲れ様。もう休んでいいわよ」


 出荷を終えてからも布を作り続けた。


 そして、倉庫の半分くらいを埋めたところでココが満足そうに布の山を眺めながらそう言って緊急事態からの脱出を宣言する。


 外を見ると、既に日が暮れてきている。夜にかからなかっただけマシだったのかもしれない。


「バンシィ、助かったわ。よく保ったわね。貴方に倒れられたら破綻していたわ」


 伸びをしながらココが近づいてきてそう言う。座っているので見上げる形になる。背丈は俺より小さいはずなのだが、見上げるとオーラも相まってかなり大きく見えた。


「こんなの誰が倒れても破綻してたろ。俺だけじゃないよ」


「それは当たり前じゃない。今は貴方に向けて感謝しているんだから、そういう言い方になるのは当然でしょ? 他の人を労うときは、別の言い方になるわよ」


「人たらしなんだな」


「なんとでも言いなさい。これが私なんだから」


 ココはフッと笑って手を差し伸べてくる。


 その手を取ってぐっと膝を伸ばして立ち上がった瞬間、これまでの疲れがドッと出てきたかのようにふらつき、意識を失ってしまった。

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