第13話 窮地

 ココの投資もあってプリムの街の大通り沿い、所謂一等地に店を構える事ができた。その名もヴァーグマン商会。裏にはパトロンとしてココ・アイルヴィレッジという大商人がついている事は言うまでもない。ココは、金と服の素材になる布を大量に用意してくれた。


 服屋とは言うがやる事は見本になる服をスキルで作って並べておくだけだ。


 うちのウリは、一点物だがその場ですぐにサイズ調整が効くこと。


 街に住む貴婦人方がやってきては気に入った服をいくつも選ぶので、その太った御体に合わせてサイズをでかくする。


 真っ当な金稼ぎと、スキルの熟練という一石二鳥の仕事だ。


 そして、店を開けてから二ヶ月も経つと、スキルもだいぶこなれて進化した。


 とはいえ出来ることは服を作り、その服に特殊能力を付与するだけ。


 成長したのはその特殊能力の種類が増えたことだ。【防御力強化】が【防御力強化・極】に進化したり、【防刃】や【防矢】、【魔法耐性】なんかも付与できるようになった。


 刃も矢も魔法も跳ね返す服なんて売った日には大騒ぎになるので、売り物にはスキルを付与していない。自分のチュニックでたまに実験するくらいだ。


 だが、今日覚えたものは使わずにはいられなかった。それは【幻術耐性】。


 ココは毎日俺に進捗を尋ねてくる。俺に素面で答えさせたあと、《商才》で俺を買って嘘をついていないか確かめてくるのだ。


 二ヶ月もこんな事を続けているとさすがにこちらも嫌になってきている。いい加減信頼してくれても良いと思ってきたところだ。


 そんな訳で【幻術耐性】がココの《商才》を跳ね返せるのか試してみたくなった。


 俺のチュニックのスロットは二つ。今は【防御力強化・極】と【自動回復・極】。【自動回復・極】を取り外して【幻術耐性】をつけてみた。


 今日も店を締めて屋敷に戻り、部屋でダラダラしているとココが俺の部屋にやってきた。


 ココはノックをすると返事も待たずにドアを開ける。それではノックをする意味が薄いと指摘するのも最初の一週間で諦めた。


「邪魔するわね」


「もう慣れたよ。毎日の事じゃねえか」


「そうね。それで、今日はどうだったの? 新しい力は増えた?」


「今日は何もなかったよ」


「珍しいのね。じゃ念の為に確認させてね」


 ココが懐からコインを取り出す。


 目を瞑って祈る。これで操られなければココとも対等に話せる。


 チャリンというコインの落ちる音。目の前にはココ、俺のご主人が立っている。


 いや、ただのココだ。ご主人でもなんでもない。


 つまり、【幻術耐性】が効果を発揮しているという事。


「バンシィ、本当はどうなの? 新しい力は増えた?」


 この質問へはさっきの回答に合わせてノーと答えるべき。そうでないと嘘をついていた事になるからだ。


【幻術耐性】でココのスキルが効かなくなることはもうしばらく秘密にしておいて、然るべき時の交渉カードとして使うべきだろう。


「増えてないよ。本当さ」


 ココは目を細めて俺を見てくる。


「バンシィ……貴方、どうやったの? 私のスキル、効いてないんでしょ?」


「な……何のことだ?」


 明らかな疑いの目に一瞬同様してしまった。ココの追求がきつくなるのは明らかで背中を冷や汗が伝う。


 だが、ココは俺に背中を向けた。


「私のスキルで操れるようになった時は、貴方は右腕を上げるように刷り込んでいるのよ。今はそれをしていない。つまり、貴方は何らかの方法で私のスキルを無効化している。こうやって突破されたのは初めてだわ」


「そ……そうなのか? だけど教えないからな」


「別に教えろなんて言ってないでしょ。ただ私は悲しんでいるだけ。貴方も……そうやって私に嘘をつくのね……」


 ココは背中と声を震わせる。それはいかにも泣いているという事をにおわせる所作なので、自分のしたことに罪悪感が芽生え始めてきた。


「お……おいおい。泣くなって。第一、人を信用せずにスキルで操っていたのは誰だよ。そんなやつを信用しろって言われても無理な話だろ」


「ならここまでね。荷物をまとめて出て行きなさい。強制は出来ないから任意だけどね。私としては命令のつもりよ」


 努めて平静を装って入るが、ココの声はまだ震えている。


 人を信用しないのに自分は信用されたいだなんて虫が良過ぎる。それでも、彼女を裏切ってしまった事に一抹の後悔の念がある。


 そもそもこんな事をしなくても、普通に話せばよかったのだ。【幻術耐性】という特殊能力を服に付けられるようになった、それを試したい、と。


 ココは俺に必要なものを用意してくれた。この部屋も、工房も、店も。


 ジワジワと、自分がいかに小さい考えに基づいて行動していたか思い知る。


「なぁ、ココ。悪かったよ。新しい能力だ。【幻術耐性】。それを試してみたんだよ」


 ココの肩を掴むと、手首を掴み返してくるりとターンしてきた。


 その目はさっきと同じように細まっている。驚いたことに涙は一粒も流れていない。


「やはりね。そんな事だろうと思ったわ。スキル以外にも本音を喋らせる方法はいくつもあるのよ?」


「また騙したのかよ!」


「お互い様でしょ? まぁ、一方的に言う事を聞かせられなくなったのは痛手ね。それに私に嘘をついた。そこは減点よ」


「もともと何点あったのかも知らねぇよ!」


 ココのスタンスはブレないらしい。誰も信用はしないし、スキルに頼らずとも事態を進める。


「まぁそれなりに悲しいわよ。貴方とはいいパートナーになれると思っていたからね」


「パートナー? なんだそりゃ」


「そっ……それは、その、あれよ! 色々あるでしょ!」


 パッと顔を赤くして早口になる。意味が分からずもう少し会話を続けようとしたところで、部屋の扉がバンと勢いよく開け放たれた。


「ココ様! 大変です! 発注して今日到着予定の布がまだ来ていないそうです!」


 クロエがドアが開き切る前からそう叫んだ。


「なっ……なんてことなの……クロエ、何があったの?」


「はい。道中、馬車が山賊に襲われたそうで……御者は馬に乗って逃げたので無事だったようですが……荷物はきっと……」


 ココは報告を聞いて頭を抱える。


「ハァ……役立たずの護衛ね。やっぱり新しくて信用のない冒険者ギルドに頼むんじゃなかったわ。とにかく急いで近隣の街から買い付けてきて。この屋敷の護衛は要らないから全員使って。早く!」


「はっ……はい!」


 クロエはココの剣幕に圧倒されながらも、部屋を飛び出した。


「なぁ、ココ……布が来ないとそんなに困るのか?」


「困るわよ。今は在庫を切らしていて届いた物をそのまま渡す予定だったの。それに信頼で成り立っている商売。物が用意できなかったなんて言ったら二度と取引してもらえないわ」


 さっきの剣幕と言い、困ったことになっているのは確実みたいだ。


「俺にも手伝わせてくれ」


「無論、貴方にも働いてもらうわ。早く馬で近くの村に行ってきてありったけの布を買い付けてきて」


「そんな事しねぇよ。もっと効率のいいやり方がある。この街から要らなくなった服を集めてくれ。ボロ布の捨て場もあるだろ? ありったけだよ」


 ココは眉間に皺をよせ俺に向かってきたが、その途中で閃いたらしい。


「確かにそうね。うまくいったらさっきの減点、無しにしてあげても良いわよ」


 ココは安心したようにフッと笑ってそう言った。

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