第12話 スパイ
大の字に体を固定され、目の前には鞭をしならせ空を切る音を何度も鳴らすクロエがいる。
「お……おい……何の冗談だよ……」
クロエは鼻で笑って俺の方を見る。
「冗談ではありません。何が狙いか分かりませんが、ココ様に近づかないでください! 私ですら入ったことが無い私室に何度も出入りするだなんて……どんな手を使ったんですか!」
「いや……俺は何もしてないぞ! あいつが勝手に――」
「そんな訳がないです! ココ様は気高く、男に気を許す訳がないんですから!」
嫌な予感がしたので、チュニックに【防御力強化】を二つ付ける。
その直後に鞭が波打ちながら俺に向かってきた。
右腕が弾かれた感覚はあるが、痛みはない。こちらから攻撃する手段はないし、拘束されているから逃げようもないので、このままではジリ貧だ。
「やめとけって。俺には効かないよ」
クロエはそれでもムキになって何度も鞭を振るう。
そういえばココがクロエには気をつけろと言っていた。大星石教なる組織のスパイかもしれないからだと。
それにしては雑な誘拐だし、俺を拷問する意味も分からない。
何がなんだか分からずにため息をつく。
それが更にクロエを激昂させたらしい。
「なんですかその態度は! もっと苦しんでくださいよ!」
訳も分からず鞭を振り回すクロエは、自分の絶叫や鞭の音、興奮なんかのせいで背後でゆっくり開いているドアに気づかなかったようだ。
そこから、金髪の女が入ってきて俺は胸を撫で下ろす。あいつを見てそんな気持ちになるとは思わなかった。
「苦しむのは貴女の方よ。クロエ、銅貨一枚で買うわ」
チャリンという銅貨の音。
その音がクロエの絶叫の隙間を縫って彼女の耳に届く。その瞬間、クロエは目をとろんとさせてその場に立ち尽くした。
俺にとっての救世主、ココは俺とクロエを交互に見比べて鼻で笑う。
「さてと……二人で楽しんでいたのであれば謝るけれど……」
「そんな冗談言ってる場合かよ! 早く拘束を解いてくれ」
ココはクロエから目を離し、俺の方を向く。
「それが私にものを頼む態度なの?」
「うっ、お、お願いします……」
「クロエ、バンシィの拘束を解いて」
クロエは無言で俺に近づいてきて手枷と足枷を順に外していく。
久しぶりに手足が自由になった気分だ。くるくると手首のところで手を回すとコキコキと音が鳴る。
「クロエ、何故こんなことをしたの? 貴女は大星石教の関係者なの?」
「大星石教は関係ありません。バンシィがココ様と仲が良いので嫉妬しました。バンシィが居なくなれば元に戻ると考えました」
ココは想定問答とまるで違う回答が出てきたからか目を丸くする。
「うぇっ……わ、私?」
「大星石教のスパイだとしたら、地下で俺を拷問する意味が分かんねぇよ」
「まぁ……それもそうね。嘘はついていないはずだから……嫉妬ということは……」
「はい。私はココ様を愛しています。気高く、それでいて誰にもお優しい。それがこんな男に惑わされるなんて間違っています」
ココは頭を抱える。
この調子だと鎧が俺に向かって倒れてきたのもクロエがわざとやっていたのだろう。
「ココ、別に私とこいつは何もないわ。ただ仕事として部屋に招いているだけよ。今後は一方的に恨む事を禁止するわ」
「ご命令のままに」
この状態で刷り込んだ命令がどうなるのかは分からないが、自分のスキルを理解しているココのことだから、これでクロエを止められると分かっているのだろう。
「クロエ、貴女はどうやってバンシィをここまで運んだの?」
「眠らせて運びました」
「眠らせた?」
「はい。《瞬間睡眠》の効果で周囲の人を眠らせられるんです」
「なっ……進化……していたのね。何も出来ないと言っていたじゃない!」
ココからすれば寝耳に水だろう。俺も驚いた。
ココの顔には、信頼を裏切られたと言いたげな悲壮感が漂っている。クロエは自分がいつでも寝られるだけだと言っていた。ココにも自分の能力を隠していた事になる。
「もういいわ。クロエ、貴女は要らない」
コインの落ちる音と同時にドアの開閉音がする。
コインに目を取られているうちにココが部屋から出ていったらしい。
クロエと二人取り残されるとまた何かをされるんじゃないかと不安になってきた。
チラリとクロエの方を見ると、ニッコリと笑っている。
「バレちゃいましたね……もう私はここには居られないかもしれません。荷物を片付けてお暇しようと思います」
自分が悲劇の主人公ぶってるクロエを見ていると段々と腹が立ってきた。
一番傷ついているのはココだ。贔屓目に見てもクロエは二番目だろう。俺はチュニックのおかげで無傷だから三番目。
「自分勝手すぎるだろ。勝手に惚れて勝手に暴れて勝手に出ていくのかよ。裏切られたココの気持ちにもなってみろよ。謝ってこいって」
「私は……ココ様が分かりません。人を信頼しているのかしていないのか。信頼していないなら裏切られた事にはならないはずですし、そんな事では傷つかないはずです」
「覚えてないのかよ! お前が隠してたスキルの事を知った時、あいつすげえショックを受けた顔をしてただろ! 自分の主人なのにそんな事も分かんないのか!?」
「まぁ……そうですよね。私が間違っていました。バンシィさん、私はココ様に許しを請おうと思います。そして、また一から使用人として信頼を築けるように努力します」
晴れ晴れとした表情のクロエが部屋から出ていこうとするとドアが勝手に開く。
ココが部屋にまた入ってきた。出ていったふりをして外にいたのだろう。
「クロエ、私は貴女を信頼しているわ。それはこれからも変わらない。でも……飼い犬が暴れたんだからお仕置きは必要よね? 躾をしてあげる。さ、行きましょ」
「はうぅ! ココ様! お願いします!」
クロエは尻尾をふるようにココに近づいていく。
今度は二人して仲良さそうに部屋から出ていってしまった。
俺、いらないんじゃないだろうか。
そんな事を考えながら工房に向かうのだった。
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