第11話 貢物
ココの出資で服屋を開くことになったが、俺の実家は農家だしココも服屋の経営は初めてらしい。
そんな訳でココの伝手でプリムの街で服屋を経営している商人のところへ挨拶へ行くことになった。
屋敷を出て目の前の大通りをココと二人で歩く。手土産はココの下着を模して作った物が二十組ほどだ。
「トマスってどういう人なんだ?」
「この街では大したことないけど、彼は王都にコネがあるの。私もこの街ではそれなりだけど王都じゃまだまだ。でも、いずれは王都に店を出すのが夢なの」
「王都にいる商人を操っちまえばいいじゃねぇかよ」
「それじゃ味気ないでしょう?」
「そういうもんなのか?」
「貴方もいずれ分かるわ」
俺はただ体が頑丈になる服を作れるだけだ。既存の服に対する優位性はあれど、人を操れたりする万能性はないし、そんなチートじみたことができるココが羨ましいくらいだ。
納得はできないままトマスの屋敷に到着した。
この街で一番でかいのはココの屋敷。建物も庭も桁違いのデカさでこの街を締めている彼女に相応しい場所だ。
だが、大通り沿いに面したトマスの屋敷もかなりのものだった。ココの屋敷の半分くらいの大きさだが、こっちには尖塔がついている。違いはそれだけなのだが、それだけでかなり厳つさが増している。
トマスの本拠地は王都らしいので、ここは別荘という事になる。商会の規模としてはココの上にいるのだろう。
ココが衛兵に挨拶をすると顔パスで入れてもらえた。限られた上流階級という感じがする。
衛兵に両脇を固められて玄関ホールに入るなり、階段の手摺によっかかっている男が叫ぶ。
顎はたるみ、真横に流して撫でつけている髪の毛はジェルでツヤツヤしている。
「ココちゃん! 待ってたよ!」
おっさんの猫撫で声は気色悪い。
顔をしかめていると、トマスが階段を駆け下りてくる。
「お久しぶりです」
「ココちゃん、その人は誰かな?」
「部下ですよ。今度、この街で服屋を開店しようと思いまして。これはお土産です」
ココは、俺の手から袋をひったくってトマスに下着の詰まった袋を渡す。
トマスはその場で袋の中を漁る。
「おお……腕の良い職人がいたんだねぇ……これは新品かな?」
「当然です。あ……でも急いで準備をしていたので私の物が混ざってしまったかもしれませんわ。すみません。変なものがあったらお取替えしますので」
ココはポッと顔を赤らめる。内心ではゲロゲロと嘔吐する仕草をしているのだろう。
ココの言葉を受けてニヤニヤを止めなくなったトマスを見ていると俺も吐き気を催してきた。
「いやいや! 大丈夫だよ! それじゃ、中で話そうか」
トマスは俺達に背中を向けて歩き出す。
本人は俺達に見えないようにしているつもりみたいだが、下着を鞄から取り出しては匂いを嗅いでを繰り返している。このおっさん、きもすぎる。
チラリと横のココを見ると派手に嘔吐する仕草を見せてくる。俺も同じ気持ちなので一緒に嘔吐する仕草をして首を横に振る。
応接間に入ってからの話題も半分は店に関すること、もう半分はトマスからココへのセクハラだった。
◆
帰り際、玄関先までトマスが見送りに来た。意外とマメだが、それも気持ち悪く感じてくる程に地獄のような時間を過ごした。
「それではトマス様。本日はお忙しいのにお時間を頂いてありがとうございました。また開店したら、是非いらしてください」
「うんうん。ココちゃんもいずれ王都に店を出したいんだよね? 僕が手伝うよ。今度じっくり話したいからまたおいで。一人でね」
一人で、と言いながらトマスはニヤリと笑う。本当にココが一人で来たらあれやこれやと理由をつけて手籠めにするのだろう。「誠意を見せてくれるかな?」なんて台詞が似合いそうだ。
「検討いたしますわ」
ココはあくまで愛想は良く振る舞う。普段の態度からして、こんな扱いをされているのであれば内心では腸が煮えくり返っていることだろう。
本人の目指すところは知らないが、ここまでへりくだってまでやらなきゃいけない事なのかと疑問に思う。その気になればスキルで人を操れるのだから。
「では、失礼致します」
ココは恭しく一礼をして回れ右をする。
背筋がピンと伸びた姿に見惚れそうになったが、そんな場合ではないので慌ててついていく。
屋敷の門を出たところで一息つけた。
「はぁ……ココ、あいつは何なんだよ! ヤバすぎるだろ」
「黙って歩きなさい」
早口でそう言うと、ココは無表情のまま歩き続ける。
高いヒールを履いているのにその歩みは緩むことなく、むしろ屋敷に近づくほど加速しているのではないかと思うくらいに早かった。
大通りを通り抜け、衛兵の敬礼を受けながら門をくぐる。
屋敷の敷地に入ってもココは静かなままだ。ああいう態度にはもう慣れっこなのかもしれない。
トマスの事には触れないようにしつつ、工房に向かおうとココから離れる。
「じゃあ、俺は工房で服を作るよ」
「待ちなさい」
呼び止められたので驚いて振り向く。
ココは青筋を立てて自分の部屋があるであろう右上を顔で指す。
部屋に来いということだろう。無言で頷いてついていく。
部屋の前に着くと、扉の両脇にいる警備員をまた下げさせた。
これだとココが俺を部屋に連れ込んで何かやましいことをしていると思われかねない。
だが、ココはそんな事は気にせず俺の手を引いて部屋に連れ込む。
「あああああ! きっも! おえ! 何なのよあいつ! 私もあいつの下心を利用してるけど、マナーってものがあるでしょう! 下品すぎない!?」
ココは部屋に入るなりベッドから枕を持ってきて床に置き、何度も枕を殴りつけている。
トマスの態度はかなりココも怒りを溜め込んでいたらしい。誰にも見られないよう部屋まで我慢したのは偉いと思うが、俺がここに連れてこられた意図がわからない。
「まぁ……ヤバかったな。あんな奴に媚びなくてもココならやっていけるだろ」
ココは俺の言葉を無視して無言で枕を殴り続ける。
ひとしきり殴ったら満足したのか、手が痛くなったのか、手の甲をさすりながら立ち上がって俺の方を向く。
「スキルは極力使いたくないのよ。あんなおじさん一人に使う価値もないわ。笑顔で耐えればいいだけ。それに、それもあと数年。いずれあいつの顔を金貨を詰めた袋で引っ叩いてやるわ」
「偉いんだな。スキルに頼らず努力もしてるってことだろ?」
「そ……そうよ! そうだけど……そんな面と向かって褒めないでよ!」
トマスの屋敷での時とは態度が違うので、演技ではなく本気で顔を赤くしているのが分かる。褒められなれていないらしい。
「そんな照れるなって」
「照れてない!」
「分かったよ。だから、照れるなって」
「しつこいわね!」
そろそろ手が出てきそうなのでからかうのはこの辺にしておこう。
「それより、女物の下着をあいつに渡すなんてだいぶ誘ってるよな。勘違いさせてもいいのか?」
「まぁ……あまり良くはないけれどね……高品質な物を安定して作れるって事がアピールしたかったのよ。その目的は果たせたわ」
「俺のおかげだな」
「貴方じゃなくて、貴方のスキルのおかげだけどね」
「一緒だろ?」
「全く違うわよ。貴方の持っているユニークスキルではあるけれど、貴方が死んだら次にスキルを受け継いだ人を使うまでよ。人は人、スキルはスキル。本当の意味で唯一無二なのは人なの。肝に銘じておきなさい」
「立派なもんだな」
「心構えを説いてるのよ。貴方もいずれ分かるわ。早く服を作りに行きなさいよ」
「へいへい」
俺とさほど歳の違わないはずなのだが、ココの心構えは本当に立派なものだった。
数年後の俺もあんな風にはなっていないだろう。
本人にそんなことを言ったらまた照れてしまいそうなので心の内で咀嚼しながら部屋を出る。
開け放ったドアが当たるか当たらないかの瀬戸際のところにクロエが立っていた。
「おう。おつか――」
「《瞬間睡眠》」
ボソっとクロエが呟く。
次の瞬間、俺は誰かの部屋にワープしていた。
薄暗い地下牢。
目の前では、メイド服を着たクロエが鞭を扱いていた。
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