第10話 観察

「服を作るにしても貴方にはセンスがなかったのね。いらっしゃい」


 ココに連れられて居室に備えられたウォークインクローゼットに入る。少し狭いが、すれ違えない事はない位の広さだ。


 その中には所狭しと服がかけられている。足の踏み場も少なく、整理整頓がされているとは言い難い無造作な服の置き方だ。


 それでも、ココは楽しそうに一枚ずつとっては体に当てては棚に戻してを繰り返している。


「この屋敷を建てた人はあまり服に関心がなかったらしいわ。これだけの広さしか用意しないだなんてね」


「なら別の部屋を使ったらどうだ?」


「警備が一番しやすいのがここなのよ。服よりは命を取るわ」


「そりゃそうだな」


 それを最後に会話が途切れる。狭い密室に二人っきりなので緊張しなくもないが、ココは気にせず服を次々と俺に渡してくる。


「これ、どうするんだ?」


「勉強するのよ。同じデザインばかり何着もあっても売りづらいもの。あ、これも作れるようになってね。貴族向けのドレスよ」


 俺のスキルで作れる服の幅を増やしたいのだろう。そもそもここに連れてこられた理由はそれが最初だった気もする。


 ココは俺に背中を向けて動きを止める。


「何だ?」


「これもお手本にして欲しいの。脱がせて」


「いっ……いやいや! 俺、男だぞ」


「だから何なのよ。何かやましい事をするの?」


「しねぇよ!」


「じゃあお願い。一人じゃ脱げないのよ」


 ココはそう言って首元にあるホックを触っている。人間の骨格的に背中の触れる範囲は限界があるだろうし仕方ない。


 しっかりと浮き出ている肩甲骨に目を奪われながらもホックを外す。


「外したぞ」


「ありがとう。じゃああっちを向いてて」


 さすがに下着姿まで見せたがる変態ではないらしい。


 だが、いつまで経っても振り返る許可が出ない。耳を澄ますと、独り言なのかブツブツとごく小さい声でぼやいていた事が分かる。


「あぁ……髪が引っ掛かった……チッ……脱ぎづらいわね」


「おい、大丈夫かっ――」


「ひっ! こっち向かないで!」


 一瞬だけ見えた黒い下着。ココはそう言った瞬間、黒い部分を隠そうと服を引き上げる。


 ココがぼやいていた一因なのかは分からないが、俺はココの服の裾を踏んづけていたらしい。


 ココが自分の服を引き上げた拍子に足元をすくわれバランスを崩す。


「うわっ!」


 後ろにこけそうになったので踏ん張った結果、ココに引っ張られる服に釣られて前に倒れていく。


 そのまま俺がココにぶつかって、二人で床に向かって倒れる。


 幸いにも片づけられていない大量の服がクッションとなり、打撲は避けられたみたいだ。俺は【防御力強化】が付与されているチュニックを着ているので少々の事では怪我はしないだろうが。


「うぅ……ちょっと! 何をしてるの!」


 倒れた拍子にガッツリココの胸に手が当たっていた。当たっているというよりはもはや押しつぶそうとしている勢いだ。


 ココはココで脱ぎかけていた服が引っ張られてしまい、黒い下着が露わになっている。


 細かいレースがあしらわれていて、芸術性とエロスを両立させている。下心無しに、美しい作品だと思えた。


「おぉ……」


「見るな! 変態!」


「あっ、い、いや! これは……そうだ! 下着もスキルで作るために見ておかないといけないんだよ! ココみたいな美女が身に着けている物を観察して参考にしたいんだ!」


 ココの目が細くなる。こんな適当な嘘に騙されるはずがないだろう。


「ほ、本当なの?」


 意外にもココは俺の話を信じたらしい。


 こうなったらココがコインを落とす前に押し切るしかない。


「これからは綺麗な下着が流行ると思うんだ。いや、俺が、俺達が流行らせるべきなんだ。だから、良い物を見せてくれ。それを俺が作ってやる」


「ま……まぁ……そういうことなら……」


 顔を赤らめながら脱げかけていたワンピースを足元に落とすココは商人でも悪女でもなく、ただの初な女の子だ。


 少ない面積の布地に覆われていない肌は水を弾きそうなほどに艶艶している。意外とがっしりした肉付きなので、下着が腿に食い込んでいるのが艶めかしい。


 だが、これはあくまで下着の勉強だ。布の無いところではなく、布のあるところを凝視すべきだった。


 黒い布はレースがふんだんに使われていて、ココの白い肌を隠しつつもその下に広がる世界への想像を膨らませてくれる。


「いっ……いつまで見てるのよ」


「まだだって。細部まで再現したいんだ」


「なら……早くなさいよ」


 消えゆくようなか細い声でココから許可が降りる。


 更に顔を近づけて観察する。


 大胆なくびれの部分を引き止めているのは細い紐。少しほつれたらすぐに破れそうなのでスキルで作成する時は補強しておいた方が良さそうだ。


「なぁ……下着に能力を付与したら、下着で戦う戦士とか出てくんのかな? 鎧よりは動きやすそうだよな」


「なっ……そんなことを考えてる暇があったらよく観なさいよ。他の事を考えないで、私だけを見なさい」


「お……おう」


 上から目線だが、美女に言われるとグッと来てしまう。


 急にココの裸体を見ているのが恥ずかしくなってきてしまった。


「どうしたの? 顔が赤いわね」


 ココは攻勢に出るチャンスだとばかりにかおを赤らめながら距離を詰めてくる。


 しっかり寄せられた胸の谷間が目の前にやってきた。


「お……おい、離れろよ」


「ダメよ。完璧な物を仕上げられるようになるまで見続けなさい」


 照れながらもグイグイ仕掛けてくるココに劣情を抱かないかと言われると嘘だ。


 こんな狭いところで触れ合ったら本当に暴発しかねない。


 半開きになっている出口に向かってジワジワと下がっていくのだが、ココにはお見通しのようで腕を伸ばしてドアを閉められてしまった。


 その拍子に互いの体がこすれる。身体から突き出したアレに真横からココがぶつかった。


「ひっ! な……今の……何!?」


「あ……い、いや……」


「あ……こっ、これ……あぁぁ……」


 俺の腰のあたりを見たココは小さく悲鳴を上げて卒倒してしまった。


 仕方が無いので力が抜けてダランとしたココを抱き上げてウォークインクローゼットから出て、ココをベッドに横たえる。


 黒い下着をつけて寝そべっているココを見ると滅茶苦茶ムラムラしてしまう。


 このムラムラをモチベーションに変換し、ひたすらに下着や服の細部までを観察しきったのだった。

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