第9話 信用

 倒れてきた鎧を体で受け止めてもびくともしなかった俺を目を丸くして見てくるココとクロエ。


「こ……これは……あの……」


 どうにかして誤魔化そうと口を開いたその時、ココが手を伸ばして俺を起こしてくれる。


「バンシィ、間一髪だったわね。クロエ、掃除をよろしく。きちんと鎧も立てておいて」


「かっ……かしこまりました!」


 立ち位置と状況からして、不注意とはいえ鎧を倒したのはクロエのはずだ。


 だが主人のココはクロエを怒らずにさっさと立ち去ろうとしている。


 そんな疑問を口にする暇もなく俺はココに連れられて階段を登り、ココの居室に来た。扉の両脇にはフルフェイスの警備の人がいる。


「二人共、外していいわよ」


 ココは二人に向かってそう言う。警備を解くということだ。


「しっ……しかし!」


「私がいいと言っているの。休みなさい」


「はっ!」


 警備の二人が居なくなったことを見届けてからココは部屋に入っていく。


「どうしたの? 早く来なさい」


 ココの声で催眠が解けたようにハッとする。


 部屋に入り扉を閉める。香を焚いているのかバニラのいい匂いがした。


「鼻をスンスンさせないの。犬みたいよ」


「お前は犬だって言ってきたやつがいるんだよな」


「あら、どこの美人商人なのかしら。きっと穏やかでスタイルも良くて気立ての良い女なのね」


 見た目については正解しているが中身については真反対だ。本当にそう思っているのだとすると、ココはあまりに自分を客観視できていないと悲しくなってくる。


 鏡のように彼女の内面を映し出すものがあれば良いのだが。


 自分を客観視出来ないココは、鏡で自分の美しさを確認するように全身をぐるりと一周して見ると、テーブルの上に置かれているポットからお茶を注ぎはじめた。


「さてと……何から話したものかしらね。貴方、隠し事はある?」


 俺の《服飾》スキルが進化した事がココにバレていると直感する。仮にバレていないとしてもココのスキルによって操られて言わされるのだが、一応足掻いてみることにした。


「黙っていてもどうせ操られて言わされるんだろ?」


 ココはお茶を一口飲むと、ゆっくりティーカップをテーブルに置く。そして、大きく息を吸った。


「馬鹿にしないで。私は何でもスキルに頼っていると言いたいの? 貴方の事も、クロエの事も信頼してるの。同じ力を持つ者として、苦しみを分かち合えると思っているから……それなのに貴方はいつまでそんな態度を取るのよ……」


 最初は凛とした態度で話し始めたココだが、次第に弱々しくなる声と共に顔を手で覆う。


 一気に爆発した気持ちはココに涙を流させる。そんな姿を見ていると、俺も申し訳無さでいっぱいになってきた。


「わ……悪かったよ。スキルが進化したんだ。服に能力をつけられる。個数の制限はあるけれどな。このチュニックには防御力が上がる能力がついてる。だから鎧に当たっても無事だったんだと思うぞ」


 顔を上げたココはケロリとしている。薄い唇を横に引き、ニィと笑う。


「そんな所だろうと思ったわ。念のため、貴方を買うわ」


「お、おい! 信頼してるって――」


 信頼しているならこんなことをしなくてもいいじゃないか。


 そんな風に突っ込もうとしたが、チャリンという銅貨の音と共にそんな気持ちが吹っ飛ぶ。


 信頼していると言いつつも信頼していない態度。それでも、ココなのだから許そうと思える。


「さっきの話は本当? 何故隠していたの?」


「本当だ。まだココの事を信用できていないからだ。大聖石教について黙っていたじゃないか」


「なっ……誰から聞いたの? 貴方はその一員なの?」


「クロエだ。一員っていうのは良く分からない」


「成程ね。もういいわ。貴方を捨てる」


 銅貨の落ちる音で目が覚める。


「おい! 結局こうなるのかよ!」


 ココは悪びれもせずに笑う。


「当然でしょ。貴方と同じくらいに私も貴方の事を信用していないからね」


 さっきの泣きは演技だったとばかりに冷たい顔で言い放つ。


 だがお互い様なのでネチネチと言ったところでどうしようもないだろう。


「まぁ昨日会ったばかりだしな。でも俺は感謝してるよ。この街でも使い道のないスキルだと思ってたからな」


「切り替えが早くて助かるわ。これからもキビキビ働いて頂戴。それともう一つ……大星石教について教えておかないとだったわね。クロエから聞いたんだっけ?」


「あぁ。今朝、あいつが口走ったんだけど詳細は教えてくれなかったんだよ」


「一言で言うとユニークスキル持ちを信仰対象にしているカルト教団ね。当然、貴方も狙われる」


「なっ……狙われるって何をされるんだ?」


「知らないわよ。拝んで貰えるだけならいいかもね。何人ものユニークスキル持ちが実際に拉致されているのよ。普通に暮らしている分にはバレようがないし、そこまで問題ないわ。だから私もスキルを使うのは最低限にして善良な商人として生きているの」


 果たして善良な商人がいるのか、そしてココが善良な心の持ち主なのかは置いておくとしても、かなり突拍子の無い話だ。


「後、クロエにも注意しなさい。貴方がここに来てから様子がおかしいの。もしかするとスパイかもしれない」


「大星石教のか?」


「えぇ。あり得ない話じゃないわ」


「ならもっと前にココだけ攫ってるだろ。なんでこのタイミングでしっぽを出すんだ?」


「そうだけど……さっきの鎧もわざと倒していた気がするのよね。何かおかしいのよ」


「つまり、俺はクロエに命を狙われているって事か?」


「まさか! あの子がそんな事をする訳ないでしょ。気にし過ぎよ」


 クロエを気にしろと言ったり、気にするなと言ったり定まらない人だ。


「まぁ……クロエの事は置いておきましょう。とにかく私達は一市民として穏やかに暮らしていく必要があるの。貴方の力も成長はさせるけれど、ひけらかす必要はないわ。ひとまずはそのまま修行も兼ねて服屋を開きましょう」


「は? 服屋?」


「そうよ。私が出資するわ。精々オシャレな服を作って頂戴」


 ウィンクをするココの狙いが分からず、ただただ頷く事しか出来なかった。

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