第8話 能力付与

 ココに拾ってもらった次の日、クロエに連れられて屋敷の中に併設された工房に来た。


 工房の中には、綿やウールといった布の原料から、鉄や皮、宝石、染料までありとあらゆる服の材料となる物が置かれている。


「こっ……これは……」


「ココ様からです。ここで好きにスキルを使ってください、との事です」


「好きにって……」


 そんな事を言われても俺が作れるのはワンピースとチュニックだけだ。


 素材を変えたところで、鉄のワンピースや宝石を埋め込んだチュニックが出来るだけ。


 それでもココなら売りさばけるのだろうけど、本当にこれで合っているのか、と不安に駆られる。


「ココは屋敷にいるのか?」


「今日は現場の視察に行っておられますので夕方までは外出です。何か言伝でも?」


「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……ココって凄いんだな」


「えぇ、それはもう凄いんです! きっと大星石教にも勝てますよ!」


「大星石教?」


「あれ……昨日ココ様から聞いていないんですか?」


「いや……何も……」


 クロエは「あっ」と言って口を手で覆う。いかにも言ってはいけない事を言ってしまったという態度だ。


「それは何なんだ、って聞いても教えてくれないんだよな」


「はいぃ……」


 クロエはシュンとして俯く。


「分かったよ。じゃあ帰ってきたらココに話をしてみるよ。俺から話があるって伝えておいてくれ」


「はい! 分かりました!」


 また不用意な事を言わないようにしたいのか、クロエはさっさと工房から出て行ってしまった。


 今から何時間かかるのか知らないが、ひたすらに服をスキルで作り続ける時間になるらしい。




 ◆




「ふぅ……こんなもんかな」


 独り言をつぶやかずにはいられない程に成果物が貯まってきた。服が積み上げられて、自分の背丈よりも高い山が出来ている。壮観な眺めだ。


 皮、ウール、綿、鉄。色々な素材でチュニックを作った。


 そして、ココが言っていた通り本当にスキルが進化した。


 新しく出来るようになったのは、能力付与。服に色々な能力をつけられるらしい。


 選べる能力は、【攻撃力強化】、【防御力強化】、【魅力度強化】、【自動回復】、【自動防御】、【状態異常耐性】。


 例によって使い込むことで増えていくのだろう。


 全部を付けられると思ったのだが、服にはスロット数の制限があるため全てをつけることはできなさそうだ。


 俺の作ったチュニックだとスロット数は二つ。


 攻撃系を強化しても戦うわけではないので【防御力強化】と【自動回復】を付けた。


 能力付与をしたチュニックを着てみたが、着心地は普通。防御力が上がっていると言われても何の事やらという感じだ。


「すごい量ね……一日中作り続けていたの?」


 無音の工房に高めの声が響く。


 驚いて振り返ると工房の入り口にはココが一人で立っていた。


「うわっ! 驚かすなよ」


「こんなので驚かないでよ。それに、貴方が話があると言って私を呼びたんでしょう? 主人の部屋に来るのではなくて主人を来させるなんていい度胸ね」


「じゃあココの部屋に行くか?」


「いいわよ。私の部屋……というか部屋の前の廊下から男子禁制よ。近づいたら問答無用で衛兵に刺し殺せと言ってあるわ」


「衛兵はいいのかよ……」


「あら『彼女達』の素顔はまだ見た事なかったのね。手練揃いよ」


 どうもこの屋敷は女の園らしい。衛兵は皆寡黙だし顔を兜で覆っているので性別なんて気にしたことはなかった。


「話を戻しましょうか。どう? スキルに何か変化はあった?」


 正直に言えばあった。効果の程は不明だが能力付与という事が出来るようになった。


 だが、正直に言ってもいいものか迷う。ココも俺に隠し事をしているからだ。大星石教だなんて良く分からない事柄について一言も教えてくれていないのだから。


「いや……まだだな。色々作ってはみたけどな」


「色々、ね」


 ココは不満げに俺の作った服の山を見ている。腕を組み、肘を指でカツカツと叩いているのでイライラしているのが俺まで伝わってくる。


 もしかすると俺が隠し事をしているのがバレているのだろうか。


「どうしたんだ?」


「全部チュニックかワンピースじゃない! 装飾も適当だし、もっときちんとこだわりなさいよ」


「お……おう」


 俺の返事が気に入らなかったようでココが詰め寄ってくる。近くに来るとフワっといい匂いがする。香水でもつけているのだろう。


「これは、私が売らなきゃならないの。スキルは最後の手段。まずは私が自分の力で売るの。だから、売れるものを作りなさい」


「そうは言われても……知らない服は作れないんだよ」


 ココはわざとらしく大きな溜息をつく。


「じゃあ私の部屋に行きましょう。チュニック以外の服を見せてあげる。それで勉強なさい」


 俺の意志を確認する間もなく手を引いて工房から連れ出される。


 廊下に出ると、クロエが廊下に飾られた鎧を磨いていた。ドアの開く音を聞きつけてこちらを振り返ってくる。


「どうされたのですか?」


 クロエは手を止めずに尋ねる。ココが握っている俺の手を見ると目をしかめたが、すぐに笑顔に戻る。


「こいつに私の服を見せるのよ。ダサいチュニックばかり作られたら私が大変なの」


「あぁ……そういう事ですね。では、私は工房の片付けをしておきます」


「頼むわね」


 二人がいつから一緒にいるのかは知らないが俺よりはよっぽど通じ合っているらしい。


「バンシィ、上に行きましょうか」


「おう」


 ココに引かれるまま歩き出したその時、後ろから「きゃっ!」とクロエの驚いた声が聞こえた。


 振り向くと、クロエの磨いていた鎧が俺達に向かって倒れ込んできているところだった。死を覚悟すると視界がゆっくりと動くらしい。ありえないほどにゆっくりと鎧が俺に向かってくる。


 その時間は自分の体をどう動かすべきか考える事に費やした。


 俺はもう逃げられないので下敷きになるだろう。だが、ココを巻き込むことはできない。


 だから、ココを突き飛ばす。


 何が起こったのか分からず、俺の方を怒りながら振り向いたココの顔を見たのを最後に、俺は鎧に押し潰されていく。


 死にはしないだろうが骨は折れるのかもしれない。


 底知れない恐怖に怯えながら鎧が倒れきるところを眺める。


 痛くない。


 それに倒れた鎧が何か硬い物に当たったように「カン」と鈍い音を空洞の中に響かせながら、弾け飛ぶ。


 結局、鎧は俺を押し潰さず、ただ倒れて俺に弾き飛ばされる形になってしまった。


「え? 生きてる?」


 クロエは目を丸くして俺を見てくる。


「バンシィ……これは一体?」


 ココも信じられない、と言った表情だ。


 俺には心当たりがある。能力付与をしたチュニックを着ていたのだ。

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