第6話 ココ・アイルヴィレッジ①
「ココ、起きなさい」
「うぅ……まだ眠いよぉ……」
「何言ってるの。今日は大星石からスキルを貰う日だろう? 早く準備なさい」
「はっ! そうだった!」
がばっと布団を跳ね除けて飛び上がる。
寝ぐせが酷くて、髪の毛が持ち上がっている感じがして根元が痛い。
「こりゃ酷い寝ぐせだね。水で濡らしたら直るのかねぇ。髪留め、母さんのを使いなね」
お母さんはガハハと豪快に笑うと、自分の髪留めを外してテーブルに置いて部屋から出て行った。
結婚記念に誂えたと言っていた髪留めはCの形をしている。古めかしいデザインだが、いくつもの宝石が嵌め込まれ輝いている。
敬虔な教会の信者である両親は贅沢を嫌って、ほとんどの稼ぎを寄付している。
そんな両親、というかお母さんの持ち物で唯一価値がある物だ。
価値があると言うのは世間一般に、という意味で、お母さんにとって価値のあるものは色々とあるのだろう。その中でも、この髪留めの価値は計り知れない。
そんな大事な髪留めをパチンと嵌めて鏡を見ると、一応見てくれは悪くなくなった。
一人でにんまりとして、部屋を出て食卓へ向かう。
食卓では、いつものように両親が祈りを捧げながら待っていた。
「お父さん、お母さん。おはよう」
「ココ、おはよう。さぁ、祈りを捧げよう。座りなさい」
穏やかな顔と声でお父さんが私に言う。
いつもの事なので、小さく頷いて椅子に座るとお父さんとお母さんが手を伸ばしてきた。
全員でわっかを描くように手を繋ぐと、お父さんがボソボソと祈りを捧げ始める。
「天にましますわれらの父よ……ことよ……たまえ……メン」
形だけやっているからか、いつもごにょごにょと祈りを捧げていて何を言っているのか分からない。
ここまで省略するなら止めればいいのにと思うけれど、そういう事ではないのだろう。
祈りを捧げ終わるとやっとご飯だ。
いつも、朝は薄味の豆のスープと硬いパン。
うちは取り立てて裕福という訳ではないが、貧乏でもない。
たまに肉を食べようと思えば食べられるはずだし、甘いお菓子だって食べられるはず。
だけど、二人共が給料のほとんどを教会に寄付をしてしまうので、家にはずっとお金がないままだ。
「ココは何のスキルを貰うのかな。父さんみたいな革職人になれるといいな」
「何を言ってるんだい。ココは私みたいに子守りの才能があるんだよ。近くの子供ともよく遊んでいるじゃないか」
「うん……別に……そうだね」
二人はウキウキして話してくるけれど、どっちの未来も私にとっては都合の良いものとは思えない。
「ココは何が良いんだい?」
穏やかな表情でお父さんが聞いてくる。
「何でもいいけど、戦闘系が良いな。だって冒険――」
「そうかそうか! 戦闘系だったら教会の衛兵が出来るもんな! ずっと教会に居られるしそれもいいじゃないか!」
「いや……まぁ……うん」
私の話を聞く気が無いのか、冒険者という言葉を遮りたかったのか分からないけれど、食い気味に教会の衛兵と言ってきたお父さんに食ってかかる気も起きず適当に流す。
「私はココがどんなスキルを貰っても嬉しいんだよ。戦闘系でも非戦闘系でも主は等しく居場所を与えて下さるんだから」
お母さんはニコニコと笑いながらそう言う。私もそう思いたいけれど、お母さん言う居場所は協会の中だ。
私は教会のために一生を捧げる気はさらさらない。二人に言っても理解してくれないだろうけど。
その時、街の真ん中にある教会の鐘の音がゴーン、ゴーンと鳴った。
「おや、そろそろだね。ココ、行ってらっしゃい」
お父さんが柔和な笑みで手を振ってくれる。
「うん。行ってきます」
「ココ、帰りにパンを買ってきてくれおくれ。夜は豪華にしようか。豆の種類を増やしとくからね」
お母さんが小銭の入った巾着を渡してくる。
「あ……うん。ありがと。パンも買ってくるね」
「はいよ。じゃ、行ってらっしゃい。何を貰ってもやさぐれずに帰っておいでよ!」
屈託のないお母さんの笑顔に後押しされ、家を出る。
◆
小さい頃から何度も歩いた教会へ続く石畳。等間隔に並べられた石を一つ飛ばしで歩きながら教会へ向かう。
「奴隷、奴隷はどうだい? 若い女の子もいるよ。獣人、ケモミミ、エルフ、何でも揃ってるよ」
チラリと横目に見ると、檻に閉じ込められた奴隷が売られている。一様に目は暗く、売られる事を待ち望んでいるようには見えない。かといって、このまま売り物にされ続ける事を望んでいるようにも見えない。
悪い事をすると罰が下る、というのは両親の教え。
だとすると、この奴隷商人は悪い事をしていないのだろうか。これは良い事なのだろうか。何故、彼は罰を受けないのだろうか。
そんな疑問をぶつける相手もいないので、下を向き歩幅が正確に石の一つ飛ばしになっているか確認しながら歩いていると、教会へはあっという間に着いた。
今日の目的地は教会、の横にある教会くらい大きな石だ。
大星石リラと呼ばれているこの大きな石は信仰の対象でもあり、街のシンボルとしてずっと教会の横にいる。
そして今日、大星石リラが十五になった私にスキルを授けてくれる。
大星石の前は同年代の人でごった返している。既にスキルの授与は始まっているらしい。
数人の授与を眺めていると「ココ・アイルヴィレッジ!」と私の名前が呼ばれた。
大星石の前で跪き、目を瞑ると眩い光の中に一行の文字がぼんやりと浮かび上がる。
《商才》
これが私の授かったスキル。商売に関係するのだろうか。
「お疲れ様でした。スキルを見せてくださいね」
私の名前を呼んだ役人がさっさと私を立たせて眉間に指をあててくる。
「《商才》……では、大星石の加護があらんことを」
褒められるでも貶されるでもなく、ただ淡々とそう言って役人がメモを取り私のスキル授与は終わった。
そういえば家に帰る前にパンを買わないといけないのだった。市場によって帰ろう。
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