第4話 商才

 ココと呼ばれたお嬢様に連れてこられたのは、広場から続く大通りをまっすぐに抜けた先の突き当りにある大きな屋敷。


 地図だとこの屋敷を回り込むように他の街へ続く街道が引かれているので、この屋敷の主が立ち退けばかなりの人が喜びそうだ。


 大通りから真っ直ぐに歩くことをやめずにいると、門をくぐり屋敷の中へ入っていく。


 広い庭は手入れが行き届いているし、警備の兵もたくさんいる。本当にやんごとなき身分の人に捕まってしまったらしい。


 屋敷の中に入ると、大きなホールを抜けて応接間に通される。


 よく分からない鎧や旗が飾られていていかにも貴族という感じの佇まいだ。


 お茶が出されたが、緊張して手を付けられない。


 二人はずっと俺の方を見てくるばかりで自分達からは話そうとしない。


 俺から話始めないといけないようだ。


「あの……お名前は?」


「ココ・アイルヴィレッジ。商人よ。この子は私専属の使用人、クロエ・ニクロよ。普通は自分から名乗るものだけど……まだ若いし、スキルを貰ってすぐにこの街へ来たってとこかしら」


 ココは自分も若いくせに俺を若者扱いしてくるところが癪に障る。


 パッと開いた目も切り分けたチーズのように真っ直ぐな三角形をしている鼻も作り物みたいで、黙っていれば美人という言葉がこれほど似合う人はいないだろう。


「すみませんでした。俺はバンシィ。バンシィ・ヴァーグマンです」


「バンシィね。単刀直入に聞くけれど、貴方は物体の複製が出来るんでしょ? 私と組まない?」


「いや……複製なんてできないですよ。ただ布から服を作れるだけです」


「ここには私達三人しかいないの。私のスキルは《商才》。物を言い値で売買する事ができる。勿論、経済が壊れてしまうからあくどい事はしないわ。あくまで適正な値段でものを売り買いするの。少しばかりの気持ちを乗せるけどね」


 ココは俺の手を取り、自分の眉間に指を誘導してくる。女性の柔らかい手で一気に体が強張る。どうやらスキルに関しては嘘をついていないようだ。


 自分は本当の事を話したのだから隠し事をするな、という態度でココは俺に話を促してくる。


「本当です。何か素材を持ってきてください。布でも、何でもいいです」


 ココは唇を尖らせクロエの方を向く。


 クロエは「はい」と小さく言って応接間から出ていった。


 クロエが応接間から出ていって数分、大量の布や紐を抱えて戻ってきた。


「これでよろしいですか?」


「あ……はい。ありがとうございます」


 適当な布と革紐を見繕って目の前に置く。


 スキルを発動すると、チュニックの他にワンピースが作れるようになっていた。


 ワンピースを選び、今回は襟だけではなく袖やスカートの裾にもレースをあしらうイメージで作成する。目の前でココが来ている服にかなりイメージが引っ張られている気がしないでもない。目の前で布と革紐が服に早変わりする。


「うわぁ! ココ様! 見てくださいよ! ココ様のワンピースにそっくり!」


 クロエが早速出来上がった服を広げて自分に当てている。身長はココの方が大きいので、クロエが首に当てると足首まで隠れてしまいそうだ。


「なるほどね。複製していると思っていたのだけれど、自分で作っていたのね。これ、大きさは変えられるの? 見たものしか作れないの? 素材は変えられないの? 色は? 染料を一緒に置けば変わるのかしらね」


 ココは出来上がった服を興味深そうに観察しながらも口を動かし続けている。


「し、質問攻めですね」


「当然よ。これは私のためじゃなくて貴方のためでもあるのよ。スキルについて知っておくべき……でも、念のために見せてもらうわね」


 何を、と聞く間もなくココが俺の眉間に指をあてる。


「《服飾》。複製する訳ではないのは本当か……それと、やはりユニークスキルね」


「ユニークスキル?」


 ココが一人で納得してしまったので、何が何やら分からず聞き返す。


「スキルは人と被る事があるでしょ? ユニークスキルは一つの大星石につき世界中で一人だけが貰えるスキルよ。ユニーク、つまり、誰とも被らない。大星石が気まぐれで吐き出すの。それを貰った人が死ねばリセットされてまた別の人に与えられる」


「そんな話、聞いた事ないですよ」


「そりゃそうよ。誰にも言えないわ。どうせ『そんなスキル聞いたこともない。使えるのか?』って言われるのが目に見えてるからね」


「なんで俺のスキルがユニークスキルだって分かるんですか?」


「私も同じなのよ。《商才》はユニークスキルなの。人から見てもらうとスキル名がぼんやりと赤く光っているのよ」


 自分のスキルを見たことがなかったので知らなかった。確かにココのスキルを見た時、《商才》という文字が赤く光っていた気もする。


「ふぅん……でも、ココさんのスキルは商人の家系の人が貰えたら便利そうですけどね。というか農家の生まれの俺でも使い倒すと思いますよ。好きな物が好きなだけ手に入るじゃないですか」


 ココはフッと鼻で笑う。どこか寂しそうな笑いだ。


「そうね。私の家は敬虔な教会の信者だったの。意味が分かる?」


「いや……分かりません」


「教会の教えでは金を稼ぐ商人や金貸しは悪とされているの。そんな信者の娘が金を稼ぐ事に特化したスキルを持ったらどうなるのかしら?」


 ココは子供に言い聞かせるように目を細めて俺を見てくる。


「驚くでしょうね」


「その通りよ。親は私の存在を恥じたわ。親は稼ぎのほとんどを教会に寄付していたから、食事はいつもパンと豆のスープだった。果物なんて高くて食べたことも無かった。だから、私の言い値で果物を商人が譲ってくれた時は本当にうれしかったわ」


 ココは平民の出らしい。貴族のお嬢様だと思っていたがスキルによって成り上がったという事なのだろう。言い値で売買できるスキルなんてチートもいいところだ。羨ましすぎる。


「今はこんな立派な屋敷に住んでいるじゃないですか」


「まぁね。今ではこの街を牛耳るくらいにはなれた。この街を出入りする物は殆どが私の手の内なのよ」


 スキルをフル活用したのだろうし、それがどのくらい凄い事なのかは分からない。それでも、クールに見えるココが誇らしげに鼻の穴を膨らませているのを見ると、本人も相当な苦労をしたのが伺える。


「でも、言い値で売買出来ると言っても、相手にとって大赤字の取引ばかりしていたり、需要の無い物を売りつけていたら相手は気づかないうちに破産してしまう。丁度いい塩梅の取引を続けるのって意外と大変なのよ?」


「凄いですね。極端な話、相手はどれだけ損をさせられても気づかないんですか? まるで人の心が操れるみたい――」


 言いかけたところで、ココがニヤリと笑う。その顔は、商人というよりは悪女。


「その通りよ。バンシィ・ヴァークマン。貴方を銅貨一枚で買うわ」


 ココは懐から取り出した銅貨を人差し指と親指でつまみ、俺に見せつけてくる。


 コインを貯金箱に入れるように雑に指を離し、硬貨を床へ落とした。


 チリンと鈍い音が鳴ると、頭にモヤモヤがかかる。フワフワとしていて自分が自分でないみたいだ。


「貴方はもう私の所有物。意志すらね。椅子から降りなさい」


 ココが「椅子から降りろ」と言っているので、俺は椅子から降りて床に座る。それが主の願いだから。


「さて……どうしようかしら」


 前かがみになって自分の腿に頬杖をついていたココは舌なめずりをして足を組み替えると、靴を脱ぎ始めた。


 恍惚の表情を浮かべるココを見ても、俺は間違った選択をしたとは欠片も思わなかった。

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