第3話 出会い
馬車を乗り継ぎプリムに到着した。
目の前の広場では、羊毛や綿の塊が荷台に載せられあちこちで運ばれている。ここならたくさんの素材がありそうだ。
とりあえず仕立て屋に行ってみることにした。
大通りを一本入ると、何軒もの建物の先にカラフルな看板がぶら下がっている。仕立て屋の集まっている通りのようだ。
まずは一軒目から。
「あのぉ……すみません。ここで働きたいんですけど……」
入り口にいた優しそうな女性がこちらを向く。
中では、物凄い速さで布を断つ人や縫い合わせていく人が働いている。スキルのお陰なのか熟練の技なのか分からないが物凄い仕事っぷりだ。
「おぉ。スキル持ちかい? うちは《洋裁》が必須だよ」
「あ……それではないですね」
「なんだい。じゃあダメだね。効率が違いすぎるんだ。他所に行ってくれ」
「ま……待ってください! 俺は《服飾》ってスキルを持っています!」
「《服飾》? 聞いたことないスキルだね。悪いけどうちじゃ雇えないよ」
「そこをなんとか!」
「しつこい兄ちゃんだねぇ! 出ていっとくれ!」
優しそうだった女性の剣幕におされ、仕立て屋を追い出される。
知らなかった事だが仕立て屋で働くために必要なスキルがあるらしい。
俺のスキルはそれに該当しないようで、そこから何軒も周ったが、どの仕立て屋に行っても断られてしまった。
終いには、怒鳴られながら裁断用のハサミを投げつけられる有様だった。
◆
最初の広場に戻ってきた。
仕立て屋では門前払い。どうしたものかと頭を抱えてしまう。
このままではあの村に逆戻り。村の爺さん婆さんのほつれた服を直したりするだけの人生だ。
《服飾》スキルでは、素材があれば簡単に服を作ることができる。
仕立て屋で働く人たちはそんな事はせずに自分たちの手で服を作り上げていた。
勝手に服を作ってくれる俺のスキルが珍しい物なのかもしれない。
素材を目の前で服に変えたらアピールになるかもしれないが、珍しいのであればそれも逆効果だろう。
他人どころか、自分ですらよく分かっていないスキルを売り込むなんて出来ないからだ。
いっそ自分で素材を買い込んで服を作り、売るところまでやってみてもいいが、手持ちの金が足りない。
そういえば家で初めてスキルを使った後、服の改修が出来るようになったと聞こえた事を思い出す。
目の前の広場では、露天商がボロ布のような服を格安で売っていた。
これを買い取って改修の練習をしてみても良いかもしれない。名前からすれば服を改良するようなものだろうし、試してみたくなった。
そんな訳で露天商に近づく。ボロ布は遠目で見るより汚れていた。大体は泥なので洗えばどうにかなりそうだ。
「あの、この布いくらですか?」
「銅貨一枚で好きなやつニ枚だよ」
すきっ歯を見せつけたいのか、ニィと口を横に引いて露天商が言う。
「十枚買います。銅貨四枚に負けてもらえませんか?」
「ハッハ! いいぞ」
銅貨四枚を渡すと露天商はガッハッハと笑う。
「こんなボロ布が金に化けるだけで十分儲けもんだよ。ありがとな」
「これはどこで手に入るんですか?」
「街の外れに処分場があるんだ。服にすら出来ねぇ端材や形は十分だが品質に問題のあるやつがこうやって泥の上に捨てられてんだよ。定期的に燃やしてるから……ほら、見てみろ」
露天商が指差す方角ではモクモクと黒い煙が上がっている。その煙の地点に服になれなかった布の最終処分場があるのだろう。今は燃えてしまっていそうなので、また明日行ってみよう。
銅貨四枚は高くついたが、情報料という事で自分を納得させる。
知り合いも身寄りもいないこの街で生きていくのだから無茶な事はできない。
露天商と別れて適当な建物の陰に入る。
スキルを使っているところを人に見られたくないからだ。
ボロ布に手を当てて「改修、発動」と呟く。
頭の中にイメージが湧いてきた。このボロ布は本来は女性物の白いワンピースになる予定だったらしい。
デザインも変えられるようなので、襟に適当にレースをあしらってみることにした。母さんの一張羅がこんな感じだった気がする。
「おお……すげぇ……」
つい独り言を漏らさずにはいられなかった。ポンッと音もなく、目の前で泥だらけだった十枚の布が十着の綺麗なワンピースに早変わりしたからだ。
とはいえ、俺はこんなのは着られない。露天商紛いのことをすれば誰かが買ってくれるだろう。
真っ白な布を持って広場に戻る。
さっきの露天商の隣だとさすがに厭味ったらしいので、広場の外れに座り込み、一枚を下敷きにして残りの九枚を並べた。
人通りはそれなりにあるが、皆遠巻きに見ているだけで近寄ってこない。
俺もあまり社交的な方ではないので声掛けをして呼び込むなんてできないのだから、マッチングするはずもなく無為な時間が流れていく。
だが、しばらく道行く人を眺めていると、同じ人が何度も俺の前を通っているのに気付いた。
メイド服を着たパッツン前髪の女の子だ。
チラチラとこちらを見てくるので何度も目が合う。
露天商の真似を始めて二時間余り。
そのメイド服を着た女の子は意を決したように俺の方へ近づいてきた。
「あの……これ、盗品ですよね?」
メイドは開口一番にそう言う。
「と、盗品?」
「ちなみにおいくらですか?」
そういえば値段の事を考えてなかった。仕入れ値は銅貨四枚。倍くらいになれば嬉しいから服一枚あたり銅貨一枚ってとこだろうか。
「銅貨一枚です」
「ど……銅貨!? やっぱり……」
メイドはキョロキョロと辺りを見渡すと、内緒話をするように顔を近づけてくる。
「何ですか?」
「こんな危ない仕事は辞めて真っ当な職についてください。こんな広場で盗品を捌くなんていつ捕まってもおかしくありませんよ」
「だから盗品じゃないですって! スキルで加工しただけなんです」
「あ……そうでしたか……失礼しました。でも本当に凄いですね。熟練の職人が作ったようです。銀貨をかき集めないと買えないクオリティですよ」
メイドは俺から離れると売り物のワンピースを愛おしそうに持ち上げて至近距離で眺めている。
「クロエ。いつまで遊んでいるの? いい天気だから広場をぐるぐると歩いて露店巡りをしたくなる気持ちは分かるけれど……貴女のご主人はそんな怠慢を許す人だったかしら」
いつの間にかメイドの後ろには金髪の女性が立っていた。高そうな服を着ているし、Cの形をした髪飾りには大きな宝石がいくつもあしらわれている。身なりからして貴族だろう。
「ハッ! ココ様! 見てくださいよ。これ、スキルで作ったんですって!」
「ふぅん……こっ、これを!?」
俺の目の前で、メイドとお嬢様が一着のワンピースを取り合うんじゃないかと思う勢いで握りしめて眺めている。
ココと呼ばれた貴族のお嬢様は、俺の服を一瞥すると驚き、睨むように俺の方を見てくる。
「貴方、ちょっと家に来てみない?」
驚いたり睨んだりして忙しいココは今度は口元だけで笑いながらそう言った。
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