第2話 旅立ち

 驚いたことに、今年は本当に戦闘系スキルばかりが出た年だったらしい。


 唯一非戦闘系スキルを与えられたのが俺だった。


 これからどうするべきだろうか。


 スキルを使って作ったピカピカの服を着て農作業に励む日々が死ぬまで続くと思うと発狂しそうだ。


 村に戻り、家の扉を開けると両親が出迎えてくれた。


「バンシィ、お帰り! どうだった?」


 母さんがニコニコしながら話しかけてくる。


「あぁ……後で話すよ。とりあえず休ませてくれ」


「バンシィ、気を落とすことは無いぞ。麦を育てる生活も悪くないさ。《土壌改良》がある父さんが言うんだから間違いないさ」


 何かを察したようで、父さんがフォローにならないフォローをしてくる。俺は冒険者になりたかった。冒険者になって、世界を旅して、まだ見ない景色を見てみたかった。


 使う武器は剣でも弓でも槍でもいい。斧は少しダサいから嫌だけど、適したスキルがあるならそれでもいいと思えるくらいには戦闘系スキルを欲している。


 父さんはもう何十年も土いじりをしているから達観しているのだろう。


 二人が口々にかけてくる慰めの言葉を無視しながら自分の部屋に入り、ベッドに寝転び天井の梁の木目を眺める。


 大きな目玉のような二つの黒い丸が人の目に見えてきた。サルヴァの目、サルヴァと同じパーティだった奴らの目。男女比もいい感じだったし、あいつらは今頃よろしくやっているのだろう。


 また気分が沈んできた。


 なんだかんだで、父さんは《土壌改良》という農民にうってつけなスキルを持っている。だから村では重宝されているから、この村が嫌にならないのだろう。


 俺はこれから土いじりをしては、合間に婆さんの下着やおっさんのパンツを作る生活になるはずだ。


 いや、本当にそうなのか。


《服飾》という名前で食わず嫌いをしてしまったが、どんなことが出来るのかはまだ俺自身も理解していない。


 ベッドから起き上がり、目を瞑る。


「スキル、発動」


 そもそもスキルをどうやって使うのかも分かっていないので、適当にそれっぽい事を言ってみる。


『素材がありません。素材を用意してください』


 頭の中に無機質な声が響く。


 どうやらスキルは発動できたみたいだ。


 素材というのは何だろう。


《服飾》というくらいだし、布があれば良いのだろうか。


 ベッドから古びたシーツを剥ぎ取り、その上に手を置きもう一度スキルを発動する。


『デザインを選択してください』


 頭の中にチュニックが浮かび上がる。選択しろと言われたのだが、チュニックしか見えないので、それに意識を集中する。


『仕立てを開始します』


 手を置いていたシーツが消えたかと思った次の瞬間、折りたたまれた状態に早変わりする。


 恐る恐る布を手に取り広げると、シーツが立派なチュニックに変わっていた。


「おぉ……すげぇ……」


 魔物と戦える訳ではないけれど、スキルというものの凄さが身にしみてわかる。


『スキルが強化されました。改修が出来るようになりました。素材を複数選べるようになりました。染色が出来るようになりました』


 一気に色々と出来る事が増えた。服を作れば作る程スキルが進化していくらしい。だが、この家には服にする素材が足りない。藁の服なんて誰も着ないだろう。


 これからの目標が出来た。街に行き、仕立屋に弟子入りするのだ。同じスキルを持った人に出会えれば色々と教えてもらえるかもしれないし、金も稼げる。仕事にもありつけるし、この村を出られる。


 今できる事の中で最善手はこれだ。


 チュニックを片手に部屋を飛び出す。


「父さん、母さん。俺のスキルは《服飾》だったよ。見てくれ。スキルで服が作れるんだ」


 両親は目を見開いて俺を見る。どうせ馬鹿にされるのだろうと思っていたのだが、二人は目に涙を浮かべて俺に駆け寄ってきた。


「バンシィ、良かったなぁ。父さんは嬉しいぞ」


「母さんもよ。凄い才能じゃない」


「あ……いや……戦えないし……」


「馬鹿を言うな。中途半端な戦闘系スキルを貰って冒険者になるって出て行った奴らがどうなったか知ってるか? ここに辿り着くのは遺品だけだよ。毎年いくつも届くんだ。親からすれば非戦闘系のスキルで平和に暮らしてくれた方が嬉しいよ」


 つまり、無謀な戦いを挑んで死ぬ人が絶えないということだ。


 一瞬、サルヴァの事が頭をよぎる。勢いであんなことを言いはしたが、死んでほしくはない。


「そっか……でも、俺は街に行くよ。ここじゃ服の素材も少ないし、同じスキルを持った人に弟子入りしたいんだ」


「あぁ、そうだよな。行ってこい」


 父さんはあっさりと認めてくれた。


「いいのか?」


「ハッハ! そもそも村から出ていくななんて一言も言ってないだろう? 安全に暮らしてくれればそれでいいよ。ここからだと……プリムとかが良いんじゃないか? 服の生産で有名な街だよな」


「そうねぇ。この村からもそんなに遠くないし良いんじゃないかしら。これ、馬車代よ。気を付けてね」


 母さんもあっさりと認めてくれた。何なら事前に用意していたかのように、馬車代まで包まれている。


 言われてみれば俺が勝手に村から出られないと思い込んでいただけで、一度もそんな事は言われたことが無かった。


「二人共……ありがとう。こんなスキルで恥ずかしいし、嫌だったけど、もう少し頑張ってみるよ」


「おう、行ってこい!」


「たまには顔を見せてね。あ、仕事が決まらなくても帰ってきていいのよ?」


 二人に見送られ家を出る。


 村の出口には、同じようにスキルを貰ったタイミングで村を出る人たちが集まっていた。


 俺もその馬車に飛び乗る。目指すは、プリムだ。

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