第3話 祝福の宴

「ワーグ! フェンリル! 早く早くー!」


 正門の側でぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振るムニンの元に、二人は他の生徒の間をぬいながら走っていく。今日の授業が全て終わり、放課後になった。朝の約束通り、ムニンにホールケーキを買うべく、「AMAOあまお」の四人は待ち合わせをしていた。


「この近辺で、美味しいかつ品揃えが豊富と評判のケーキ屋はここだそうだ」


 フギンが全員にタブレット端末を見せる。一軒のケーキ屋の店舗情報が、外見の写真とともに示されていた。WISここの最寄り駅の近くにあるということで、帰り道に寄るのは最適だ。


「私、このお店がいい! ワーグ、いいでしょ?」

「もちろん。ムニンがここがいいなら、ここで決まりだ」


 決定権を持つムニンがそう決めたので、タブレットのマップを頼りに四人はケーキ屋へ向かう。



 学校から十分ほど歩き、ログハウスのようなあたたかい雰囲気の一軒の建物の前で彼らは足を止めた。まさにここが、目的地のケーキ屋だ。

 ちょうどドアが開いて、買い物を終えた客が店から出てきた。開いたドアの隙間からは甘くて美味しそうな匂いが漂ってくる。それをめいいっぱい吸い込むと、もう待ちきれない。四人は、その客と入れ違いに店内に入っていった。


「いらっしゃいませ」


 白い清楚な制服を着た女性の店員が、優しい声で彼らを出迎えた。イートインスペースを備えた店内のいくつかの席には利用客がいたが、お洒落な服装に身を包んだ大人ばかりで、彼らにはまだ少し早そうな雰囲気だ。


 しかし、そんなことは気にしない。ショーケースにずらりと並んだケーキに、目が釘付けになっていたり、店内を観察したり……四人は思い思いに過ごしている。


「すみませーん、大きいケーキはありますか?」


 落ち着いた店内にそんな無邪気な問いかけが響いた。カウンターで接客を担当していた店員は、一瞬ぎょっとしたような表情を見せるが、すぐに渾身の営業スマイルに戻った。


「……ホールケーキでございますか?」

「はい! それです!」

「かしこまりました。ホールケーキですと、こちらの種類をご用意しております」


 ムニンは店員からメニューボードを受け取って、早速眺める。種類が豊富という情報の通り、美味しそうなホールケーキの写真がたくさん掲載されている。


「フギン、見て見て! すごいよ! イラストがついたケーキがあるんだって! これにしようかな……」


 ムニンは気になった商品があるようで、一つのケーキの写真を指さした。イラストケーキと商品名が付けられたそれには、サンプルとして幼児向けアニメのキャラクターのイラストがデコレーションされた写真がついている。

 ところが、それは事前予約が必要だということだった。


「ほう、ならば前もって伝えておけば作ってくれるということか?」

「はい、ご希望のイラストと受け取り日を指定していただければ、お作りいたします」

「ふむ。非常に良いサービスだ。是非とも利用させてもらおう」


 店員と何か話を始めたフギンの横で、ムニンはケーキ選びを継続する。

 一方で、男子二人組はというと……それぞれが個人的に買いたいケーキを選んでいるようだ。


彩りの果実たちの祭典フルーツケーキか、闇夜を閉じ込めし甘美なる漆黒チョコレートケーキか……。それとも、無難に春を呼ぶ紅に染まりし果実苺ケーキにするか……。誘惑が多すぎて困ってしまう……」

「フェンリル、まだ悩んでたのか……。俺はこのティラミスに――」

「ええい! こうなれば三つとも買ってしまおう!」

「おい、そこの中二病、店内では静かにしろ」


 どうやら、フギンとムニンもケーキを選び終わったようで、こちらにやってきた。全員が揃ったところで、ワーグが注文をまとめて店員に告げる。

 お金を払って商品を受け取り店を出た四人は、それぞれ自分の欲しいケーキが買えたようで、満足していると思いきや。


「それにしても、良い値段だったな……」

「あぁ……。俺のサイフはもうゼロだ……」


 今回支払いを担当した男子組は、幽霊でも見たかのような表情で語り合っている。どうやら、今回訪れたケーキ屋、セレブ御用達の店がチェーン展開をした店舗の一号店だったそうで……表示された合計金額を見て、全員顔面蒼白になったんだとか。


「そのぶん、味は非常に良かったぞ。値段相応だ」

「フギン、この店のケーキ食べたことあったのか?」


 フギンが、まだ知らないはずの味についての感想を述べたことに、ワーグは驚いて問いかける。


「実は、先ほど試食してな。それはそれは美味しかったぞ。スポンジの柔らかさといい、クリームのなめらかさといい……」

「これ以上言うなっっっっ! 俺が闇の力に取り込まれて、今すぐにでもこの箱を引き裂いて貪り食ってしまうぞ!」


 張り切ってケーキを三つ購入し、財布を無事死亡させたフェンリルは、右手首を押さえて苦しがっている。そんな茶番をしている間に、一同は駅に到着した。改札を通ってホームに入るとちょうど乗る予定だった電車が来たので、それに乗り込んだ。空いていた手前のロングシートに、四人で並んで座る。


「はい、日課完了ミッションコンプリート

「はいはい、いつものいつもの」


 車両内を見回し、そう呟く男子組。視線の先にあるのは、「ディスハチ」の広告だ。“アニメ新章、好評放送中!”という宣伝文句とともに、主人公サイドの主要キャラたちが、武器を手に敵サイドのキャラに立ち向かう構図が描かれている。


 “ディスハチ”ガチファンのこの二人は、電車に広告が掲載されている情報を手に入れた際は、必ず広告を探すと決めているのだ。


「“この世界で、何を願う?”か……」

「はぁ……。ふっかいなぁ……」


 仕事帰りの疲れた中年サラリーマンのような姿勢で、仕事帰りの疲れた中年サラリーマンのようなため息を吐く、学校帰りの元気な中学二年生。そして、そんな二人にじーっと冷たい視線を送る中学一年生。そんな状態が解けたのは、まもなく降車駅だというアナウンスが入った時だ。


 電車が駅に停まって、ドアが開く。四人はバネのように勢いよく立ち上がり、人の流れにのって電車から降りていく。ケーキを死守しながら、なんとか駅からの脱出を果たす。ここまで来れば、AMAO本部まではあと少しだ。


「そうだ、今日の夕飯は何なんだ?」

「聞いて驚くなよ……? カレーだ」


 ワーグの質問に、今日のメニュー管理を担当しているフギンが答えた。メニューを聞いた三人は、思わずお腹をグゥー……と鳴らす。


 いつの間にか、夕飯にはちょうど良い時間になっていた。途中、どこかの家から漂ってくる料理の匂いが、彼らの空腹をさらに加速させる。


「ねえねえ! あと、どのくらいでできるの?」

「到着とほぼ同時くらいだろうな」


 もう待ちきれないというような目で、ムニンが問いかける。フギンはタブレット端末を操作して、ご飯を作ってくれている“全自動ご飯作り機・クックパパット”の作業の進行状況を表示させた。予測残り時間は後わずか。AMAO本部までの道のりも、後わずか。


「さあ、帰ろう! 祝福の食卓が待つ、我らが拠点へ!」


 美しい夕焼けの空に、フェンリルの言葉が響いた。珍しく、カッコよくセリフがきまったことに、彼はご満悦だ。


「よっしゃあ、うちまで競争するか!」

「馬鹿者、せっかくのケーキが崩れるぞ」


 テンションが最高潮へと達しそうな勢いの四人は、ケーキの箱をひっくり返さないよう気をつけながら、その残りわずかな道のりを急ぐ。

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あめいじんぐ・おーがないぜーしょん ねむねりす @nemuris

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