第2話 光の騎士、見参
「二人とも、準備はできたか?」
「あぁ。バッチリだ」
「私も準備オッケーだよー」
朝食を終え、歯磨きや着替えなど諸々の朝の準備を済ませ、いよいよ学校へと向かう……はずなのだが、なぜかワーグたち三人は玄関ではなく三階の一室にいる。三人の前には、大きな縦向きのカプセル型の機械が規則正しい電子音とともに立っている。この、一見よく分からない機械こそが、彼らの通学手段である。
「よし、“
三人がカプセルの中に入ると、自動で扉が閉まる。フギンが機械に声をかけ、目の前にある赤いボタンを押す。すると、これまで一定のリズムで鳴っていた電子音が一つの長い音になり、三人の足元の床が光り始めた。
「テンソウサキ、
そんな無機質な機械音声が聞こえると、辺り一面が真っ白な光に包まれる。
光が消え、辺りの様子が明らかになる。三人は、まさしく彼らが通う“ウィズダム・インターナショナル・サイエンス・アカデミー”――通称
今日はまだ運が良かったが、運が悪いと中庭の植え込みの中だったり、プールの真上に転送されてそのまま落下、なんていう最悪の日もあった。徒歩と電車での移動を合わせて三十分ほどかかる通学路を、便利な道具で一秒に短縮することの引き換えなのかもしれない。
「やあやあやあやあ! 皆の衆、ご機嫌いかがかな?」
正門をくぐって学校の敷地内に入った三人を、誰かがそんな言葉で呼び止めた。
あっ、めんどくさいのが来た。三人の頭の中には、全く同じ言葉が浮かんだ。しかし、この人物の登場によって、「
「我が身に降り注ぐ祝福の光……。遮るものは何もない!《翻訳:雲一つない良い天気だな!》 今日も闇の力を打ち倒す力をつけるべく、我らが学び舎にて鍛錬に励もうじゃないか!《翻訳:今日も一日頑張ろう!》」
「おー、おはよう、フェンリル。今日も元気だな」
隣でドヤ顔でポーズをきめている、金髪で丸眼鏡をかけた男子生徒、フェンリルをワーグは軽くあしらう。しかし、このフェンリルはそんなことではめげない。
「はっはっはっ! 俺はいつだって力をつけていなければならないからな。光の騎士の力をナメるなよ? いつ闇の力が牙を剥いて襲いかかってくるか分からないからな! 油断は禁物、ってわけさ!」
お察しの通り、彼――フェンリル(本名:ゴットフリート・ウォルフハルト)は、中二病である。自身を、“この世界を滅ぼそうと目論む強大な闇の力を退けるために、最高神ゼウスによってこの世界に送り込まれた伝説の光の騎士”だと本気で思い込んでいるイッターいヤツだ。
ちなみに、よく右手が痛むそうで、心配したフギンが手のマッサージ装置を作ろうかと提案したことがあるが、それは遠慮したとのこと。最近はよく右目を押さえて苦しんでいるので、ワーグはそろそろ眼科の診察を勧めようかと考えている。
「あぁ、そうだ。今日、ムニンからのリクエストで、夕飯のデザートにケーキを買うことになったんだけど、フェンリルも一緒にどうだ?」
「い、今なんと言った!?」
「いや、だから……。今日の夕飯、デザートにケーキがあるから一緒に食わねぇか? って……」
それを聞いたフェンリルは、自身に思わぬ恩恵が降り注いだことへの悦びをオーバーリアクションと叫び声で爆発させ、登校する他の生徒たちから冷ややかな視線が送られるのだった。
「祝福の食卓に!? あぁ……なんて幸せな日だろうか……」
「……どうする。こいつ、置いていくか?」
「いいんじゃなーい? 放っておいてもどうせすぐ追いついてくるよ」
「よーし、じゃあ二人とも、行くぞー」
嬉し涙を流し、天を仰ぎ見る姿勢のまま動かなくなってしまったフェンリルを置いて先に校舎に入ろうとする三人。案の定、フェンリルは三人が歩き始めた少し後に、走って追いついてきた。
「ワーグ、昨日はもちろん、“アレ”見たよな?」
「当ったり前だろ。俺を何だと思ってるんだ?」
学年の違うフギンとムニンと別れ、
「これはこれは、誠に失礼。“ディスハチ”ガチ勢には愚問だったね」
「そういうお前はどうなんだ、リンリ親衛隊長?」
「こらこら、聞くまでもないって分かっているくせに。あと、リンリ“様”、だ」
「……本当に最ッッッッッッッッ高だったよな。一クールに引き続いて……。ストーリーは言うまでもなく……作画とか声とか効果音とか曲とか」
「わかる。オープニング曲が盛大に俺の好みのド真ん中をブッ刺してきて開幕泣いたんだが、エンディングも同じく良すぎて泣いた。ってかずっと泣いてた」
「お前は俺か? あっ、そう言えば……。歌詞と映像の考察を書いて来たんだ。お昼休みの時にでも見てくれよ」
「おう、お前の神考察でもう一回泣いてやるよ」
先ほどから二人が余韻を噛み締めながら語っているのは、昨日から第二クールの放送が始まったアニメ「ディストピア・エイト」。ファンの間では“ディスハチ”という愛称で呼ばれている、最近人気のダークファンタジー作品だ。
ワーグとフェンリルは、同作がWeb小説投稿サイトで連載をしている初期の頃からの大ファンで、小説版・漫画版・設定資料集などなど……これまで書籍化されたものは全て購入しているガチっぷりだ。なお、小説サイトでの連載はまだ続いているため、二人はそれを追うことも欠かさない。
「この感じのペースだと……二クール目はおそらくエリカ王城戦までだろうな」
「と、なると……? ミーオの過去編はまだまだ先か……。あと、禁書館潜入も……」
推しキャラである“ミーオ”の見せ場のシーンは当分おあずけだということを察し、ワーグはがっくりと肩を落とす。しかし、その横でさらに落ち込む
「まだ、ミーオちゃんは動いて声が付いてるから幸せだろ。俺なんてな! 俺の推しなんてなっ……!」
「まあ、リンリはなぁ……」
「リンリ“様”、な」
フェンリルの推しキャラ、リンリは簡単に言うと、謎に包まれた敵サイドの組織のトップ、すなわちラスボスにあたるキャラクターだ。そんな立ち位置なので、アニメではイラストはおろかまだ名前すら出てこず、コミックでは“あの方”とぼかされた状態でしか登場しておらず、書籍版ではとうとう名前が明かされたところで次巻に続き、サイトに連載中の最新話でやっとセリフが出てくるといった具合なのである。ちなみに、ミーオは主人公サイドのヒロインなので、最終的に二人の推し同士が対峙することになる可能性が高い。
「ま、とりあえず“ディスハチ”は最高ってことだ」
「そういうことだな。また後で語ろうぜ」
「もちろん」
始業のベルが鳴り響く。同じ作品を推す“同志”は固く握手を交わした後、これから戦地に赴く戦士のごとく、一時限目の行われる教室へと向かっていった。
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