あめいじんぐ・おーがないぜーしょん

ねむねりす

第一部 こちら、すごい組織です。

第一章 AMAOの一日

第1話 あめいじんぐ・もーにんぐ

 午前七時。部屋中に、警報のような物々しい音のアラームが響き渡る。その音でぱちりと目を覚ました少年が一人。慣れた手つきでリモコンを操作してアラームを止めると、ベッドからすぐさま出ていく。


 少年は扉を開けて、そのまま勢いよく部屋の外に飛び出した。軽快な足音を立てて進んでいった廊下の先に現れた二つの扉のうち、まずは左側を勢いよく開く。


「起きろぉぉぉぉっ!」


 この部屋にも、少年の部屋と同じ音のアラームが鳴っていたのだが、少年はそれに負けないくらいの大声を張り上げて、ベッドの中にいる人物に向かって叫んだ。


「んー……」


 アラームが止まり、静寂の中からそんな気だるそうな声が返ってきた。ベッドの上の“山”がもぞもぞと音を立てて動くとすぐに、そこから桃色の髪の一人の少女がひょっこり顔を出した。


「ふわぁ……。おはよう、ワーグ」

「おはよう、フギン」


 大きなあくびの後に挨拶をする少女フギンに、少年ワーグは挨拶を返す。彼らには、それぞれ“シン 思瑩スーイン”、“神城かみしろ けい”という本名があるのだが、なんとなく気分が出るということで、普段からお互いをコードネームで呼んでいる。


「珍しいな。今日は寝起きがいいのか?」


 ワーグの問いかけに、ベッドを出ようとしていたフギンの動きが止まった。いつもなら、寝起きが最悪なフギンから蹴りのひとつやふたつを入れられるのがお決まりの流れだが、今日は違うようだ。


「あぁ、昨日徹夜で完成させた、この『ネオKINGOODキングッド』を導入してな。今日からテスト運用をしているんだが、どうやら効果はありそうだな」


 フギンはそう言うと、枕元に置かれた薄茶色の物体——横に長い長方形の箱型の機械を持ち上げた。電子工作が好きな彼女、フギンの今週の発明品はこれのようだ。ダジャレが入った、安定のネーミングセンスである。


 見た目は普通のデジタル時計に見えるが、その後に続いたフギンの長ったらしい説明(省略)いわく、睡眠の質を上げるあれこれが色々と搭載されているとのこと。


「テスト運用は一週間ほどする予定だ。改良することを考えると、実用化は最短で一ヶ月後だな。半年後には販売を目指すぞ」


 そう言いながら、フギンは我が子を扱うかのような優しい手つきと表情で“ネオKINGOOD”を撫でる。実は彼女、大手電子機器メーカーの商品開発部署と契約を結んでいるのだ。それによって発生する発明品の売上はここの活動資金に直結するものなので、是非とも頑張ってもらいたいところだ。


「そうだ、お前も使ってみるか? 今のうちに伝えてくれれば特注で作ってもいいぞ」

「あー、えっと……また考えておくよ」


 あまり寝起きの悪さには困っていないワーグはそう答えて、フギンの部屋から出た。今度は、右側の扉を勢いよく開く。


 部屋の中では、相変わらず例のアラームがけたたましく鳴り響いていた。しかし、この部屋の主はすでに起きている。


 その、緑髪の長い前髪で片目を隠した少女は、ベッドの上に膝を立てて座り、手に持っている何かの液晶画面を注視しているようだ。いくらヘッドホンをしているといっても、大きなアラーム音は気になるものだと思うだろうが、この少女の場合はそうはいかない。


「ムニン! おーい! 朝だぞ!」


 ワーグが代わりにアラームを止めて、先ほどフギンの部屋で出した大声よりもさらにマシマシの声量で呼びかけてやっと、この部屋の主、ムニン――レイラ・サーヴィシュナ・パーミチヴァ――は現在の状況に気がついたようで、ヘッドホンを外してワーグのほうに視線を向けた。


「ねえ、見てよワーグ! 最高ランク虹ランになったんだ!」


 そんなのんきな声とともに、ワーグの目の前にゲーム機が突き出される。そこには、人気のオンラインバトルロイヤルゲームのホーム画面が映っていた。画面の左上に表示されている盾のような形のエンブレムは、最高ランクを表す虹色に輝いている。


「お、おぉ……。おめでとう」

最高ランク虹ラン達成したら寝ようと思ってたんだけど……。もしかして、もう朝?」

「その通り」

「うわぁー! じゃあ、オールナイト通算五百回目だよ! やったー! 記念日だ記念日だ!」


 “ゲーミング少女”ことムニンは、どうやら言葉通り一睡もしていないらしいが、ゲームのことになるととてつもない集中力を見せる彼女なので、わりと当たり前のことだ。どこに残っているのか分からない体力でベッドの上で飛び跳ねている彼女を見ながら、ワーグは口を開く。


「分かった分かった。“今日はケーキの日!”だろ?」

「ううん。今回は、いつものケーキはいらないよ」


 五十回オールナイトをするごとに、いつも“記念日”と称してケーキをねだっていたムニンなのだが……。珍しいこともあるもんだ、とワーグは考えた。


「じゃあ……。今回は何が欲しいんだ?」


 そう聞いてから、彼は「しまった」と思った。言い終えた後すぐに、ムニンの目がキラキラ輝き出したからだ。ゲーミング少女には軽率に欲しいものを聞いてはいけない、と何度も学んできたはずだったのに……。


「えっとねぇ……」


 最新ゲーム機とゲームソフトのセットか? 高性能ゲーミングパソコンか? ワーグは、ごくりと唾を飲み込んで覚悟を決め、ムニンの答えを待つ。


「えっとねぇ、大きいケーキ!」

「許す!」


 想像より遥かに金銭的ダメージの少ない回答が返ってきて、ワーグはホッと胸を撫で下ろした。うん十万円するものを買う羽目になっていたら、今頃彼は気絶していたに違いない。


「いいの!? 大きいケーキ、食べてもいいの!?」

「こ、こら、離れろ!」


 目をいっそう輝かせて勢いよく飛びついてきたムニンを、ワーグは引き剥がそうとする。しかし、力が強いうえになかなか離れてくれない。まったく、一切眠っていないというのにどこにそんな体力があるのだろうか……。ムニンにグイッと引っ張られたワーグは、ベッドに倒れながらそんなことを考える。


「おい、お前たち。何をやっているんだ」


 そんなほのぼのとした雰囲気をかき消すように、部屋の外から平坦なトーンの声が聞こえた。


「あっ! フギン、聞いてよ! 今日の夜のデザート——」

「後で話せ。朝飯あさめしの時間だ。早く食わんと遅刻するぞ」


 フギンは、ムニンの言葉を遮って淡々とそう告げると、背を向けて立ち去っていった。直後に二人は慌ててお互いから離れ、部屋を飛び出す。瞬く間にフギンを追い抜いたことは言うまでもなく、廊下を走り抜けていき、その勢いを落とすことなく階段を駆け降りて、三人分の朝食が用意されたテーブルの、自分の席につく。


「……はぁ、はぁ……。いただき、ます……」

「お前、どうしてそんなに息が切れている?」

「いや、だって、あんなに……全力で走ったら……。普通、疲れ……ないのか?」


 しんどそうに肩で息を整えているワーグを見かねて、フギンが声をかける。こんな状態なのに喋らせるなよ、と内心思いつつも、ワーグは答えるのだった。


「えー? 私、全然疲れてないよ?」


 目の前には、余裕の表情でココアの入ったマグカップに口をつけ、首を傾げている人物が。どうやらここには、人間の皮を被った狂人体力底なしオバケが紛れ込んでいるようだ。


 十一歳で“これ”は、チートの領域だろ……。と、もう少しで十三歳になる少年は考えながら、もう一人の十一歳チートが発明及び制作をした、“全自動ご飯作り機・クックパパット”によって作られた朝食を食べ進めるのだった。

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