年の瀬に来た男
シーナが船を降りてから数か月が経った。
季節は廻り、山岳都市の短い夏はあっという間に移ろい、紅葉がやがて雪景色に取って代わられた。
蒸気の排熱を利用した街中のヒートパイプが溶かした雪は、そこら中にぬかるみと水たまりを作り、行き交う人々の足元を泥で汚している。
その日、コーとレンの二人は、いつものように運送を終えてようやく自宅兼事務所へと帰ってきたところだった。
雪の降る中の飛行はいつものこととはいえやはり疲れる。
視界の悪さや強風、ガス袋やゴンドラへの着雪といった具合に、気を使わなければならないことが多い。
「ああ、くたびれた」
レンは思わず大きな声を出しながら、事務所のソファに腰を下ろした。
「お疲れ。まあでも年内はこれで最後だな。明日からは年明けまで休みにしよう」
コーも疲れた顔でフライトジャケットを脱ぎ、蒸気ストーヴに火を入れた。
どれだけ時代が変わり、生活様式が変化しても、年末年始には仕事を休むものだ、という意識は人々の中からは消えないらしい。
かの悪名高い大戦中でさえも、年末年始だけは戦闘行為が中断になったというから笑ってしまう。
ともあれ、明日はゆっくり寝坊ができる。
レンが早くも重くなってきた目を閉じようかとした、その時だった。
玄関の呼び鈴が鳴らされた。
「おいおい、もう夜だろう。こんな時間にまさか――」
文句を口の中で呟きながらコーが玄関へと向かい、ドアを開く。
そこには古めかしい正装をし、厚ぼったいコートを纏った3人の男が立っていた。
「ジーシェ号の船主はこちらか?」
先頭の口ひげを生やした男が尋ねた。コーは訝し気に男たちを眺めまわし、そうだが、と答えた。すると男たちは、有無を言わせぬ態度でそのままずかずかと中へ入りこんできたではないか。
レンも思わず立ち上がる。しかし不意の来客は、そんなことには構いもせず、普段商談に利用している応接椅子へと勝手に腰かけた。
「おいおい、あんたら何者か知らないが、今年はうちはもう店じまいだよ。帰ってくれ」
コーが語気を強める。先ほどの口ひげの男が煩そうに手を振り、コートを脱いだ。
コートの下は白衣だった。
襟元にはどこかで見たような徽章。
こいつらは――。
「我々は学会の者だ。私はライネという。こっちの二人はジスとオラン。三人とも学会事務局に所属している」
「それがどうしたんだ。俺たちはもう今年は運送はしないんだが――」
「そんなことを聞きたいのではない。我々が知りたいのは、女の行方だ」
女だって?
レンは唐突にやってきたこの闖入者が平然とした顔で淡々と話すのを聞きながら、すっかり眠気の覚めた頭で考えを巡らせていた。
追い出した方がいいだろうか? それとも警察を呼ぶか? 突然暴れ出そうというわけでもなさそうだが――。
「シーナ、という女だ。知っているな。君たちの船に乗っている筈だ」
「シーナならとっくに船を降りたよ。今はうちの船には俺たち二人だけだ」
コーが鼻を鳴らす。しかしライネと名乗った口ひげ男は、怯むことなく続けた。
「やはりか。それで、今の居場所はどこだ。知っているだろう」
「いや、知らない」
「知っている筈だ。いつ、どこの街で降ろした?」
「知ってても教える気はねえよ」
ライネとコーがしばし睨みあう。
レンは黙って成行きを見守った。勿論シーナがどこの街で降りたのかも、恐らく今でもそこにいるであろうことも、レンたちはよく知っている。
だがこいつらは学会の人間だ。
シーナを襲って拉致した連中。そして子供たちの身柄を買い漁り、人体実験をしている奴らだ。レンも当然口を開くつもりは毛頭なかった。
「はっきり言おうか。そもそも彼女は我々が運送を依頼した荷物だった筈だ。受取人の男が殺されてしまい、配達はできなかったのだろうが、その荷物を君たちが手にしていいということにはならんだろう」
「なんだと?」
気色ばむコーに、ライネは落ち着いた口調で諭すようにはっきりと告げた。
「わからんようならもう一度言おう。あの女は我々の荷物だ」
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