男の語った真実

「冗談も休み休み言えよ。あんたら、シーナを誘拐しようとしたんだろうが。しかも研究ノートまで持ち出し、挙句の果てに研究室を燃やしやがった。それで自分たちのものだって? そんな無法が通るわけねえだろう」


 ライネに向かってコーが凄んだ。元々強面のコーである。普通の相手ならその威嚇ひとつで少し大人しくもなるところだ。ただ、この学会の三人に限ってはどうやら通じないらしい。

 ライネが含み笑いを漏らした。


「君たちは配達をするのにその荷物の素性を細かくチェックするのかね? 随分マナーのなってない仕事をするものだ。運び屋風情が、高尚なる目的の前に口を挟むなよ」

「何が……人間を何だと思ってるんだ」

「やれやれ。トラーフド社のゴロツキどもに気を取られていたのが痛かったな。てっきり奴らが奪っていったのかと思ってそちらの調査に時間を食い過ぎた。お陰ですっかり仲間気取りというわけだ」


 自嘲気味に話すライネをコーとレンは黙って睨み付けている。


 しばらくの沈黙があって、コーが再び口を開いた。


「ともかく帰ってくれ。俺たちから何も言うことはない。そもそもどうしてそんなにシーナにこだわるんだ? 研究成果は片っ端から攫って行ったんだろう。何故放っておかない?」

「随分と非協力的じゃあないか。所詮短期間だけ一緒の飛行船にいただけの関係だろう。それじゃあこうしよう。情報を寄越すなら対価を支払う。それでどうだ」


 ライネの提案を聞いて、コーは呆れたようにため息をついた。


「あのな、金の問題じゃねえんだよ。大体お前ら、学会ってとこは子供を買ってきては人体実験をしてるんだろうが。そんな外道な連中にやる情報なんざねえよ」


 すると今度はライネが、面白そうに押し殺した笑いをこぼした。


「君たちはなかなかお目出度いな。我々が人体実験をしてるから気に食わんというのか。それじゃあ教えてやろう。まず我々が行っているのは人体実験ではなく、薬の治験だ。そしてもう一つ、シーナという女はな」


 ライネは言葉を切ると、顔中に下卑た笑みを張りつけた。


「君が言うところの、人体実験をやっていたのだよ」


 しばらくの間、その場を沈黙が支配した。

 それを破ったのはレンの叫び声だった。


「そんなの嘘だ!」


 シーナが人体実験をしていただって? そんなことある筈ない。だって僕たちと一緒に子供を助けに行ってくれたじゃないか。

 レンの脳裏に、いつかのシーナの台詞が浮かんだ。


 ――おいおい、そんな顔するなよ。私だって倫理観くらいは持ってるさ。言っただろう、実行に移すかどうかは別の話だ。そこには越えられない溝があるんだよ――


 シーナはやっていない。そんな人じゃない。


 しかしライネのにやにや笑いは、益々勢いを増すだけだった。


「随分威勢のいい坊やだ。だが君が一体あの女の何を知っているんだね? 我々は確かに見た。あの女の書き記した実験ノートの中に、人体実験の経過を。逆に坊や、君は彼女の全てを知っているのか?」


 耳を貸すまいと思いながらも、ライネの言葉にレンの思考は絡めとられていた。

 そうだ、シーナには確かに僕たちの知らない時間があった。いや、僕たちだけじゃない、シーナ本人にもわからない時間だ。


 それはシーナが拉致される前の1か月。

 記憶のない空白の時間。


 それじゃあ、まさかその時に――?


「話はそれだけか。それじゃあ出て行ってもらおうか」


 コーが静かに、しかしはっきりと怒りを込めた口調で命じた。

 三人の学会員がおもむろに立ち上がる。そしてライネの一言で、ジスとオランと名乗る二人がそれぞれ、コーとレンに近づいた。


「致し方ない。君たちにはちょっとご同行願おうか。あの女の居場所を吐いてもらわねば、我々も年が越せないというものだ」

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