第4話 The day that saved us

捜索

 10月も終わりを迎えようとしている、酷く寒い日だった。


 例年ならば山岳都市にはその年最初の雪がちらつく季節である。ただ、今年はいつもに比べて暖かい日が続いており、今日になってようやく季節通りの気温になった、という印象だ。


「やっぱり今日は冷えるなあ。このあたりでこれなら、ジョーネンの方はもう降ってるかもしれんな」


 着込んだ合成皮革のジャケットの前を掻き合わせながら、コーが短く刈り込んだ頭をしきりに撫でた。流石に坊主頭では寒いのだろうが、どういうわけかコーは帽子をあまりかぶりたがらない。

 少し遅れてついていくレンは、コーの頭を見ながら自分のもじゃもじゃとした髪の毛を毛皮の帽子の下にしまい込んだ。普段は恰好が悪くてあまり好きではないが、こういう日に限ってはその保温性がありがたい。


「コー、そこにある店はどうだ。定食が色々ありそうだぞ。値段も手ごろだ」


 少し二人から離れて飲食店を物色していたシーナが振り返った。

 そのシーナはといえば、いつものタイツとショートパンツ、ブラウスといった出で立ちに、上から白衣を羽織っている。この生物学者は年中同じようなものを着ているのだ。女性というのはもっと色々な服を楽しむものだ、というレンの常識は、シーナと出会ってからすっかり失われてしまった。


 飛行船「ジーシェ」号を操り運送業を営む、コー、レン、シーナの三人は、イシヅチ市の繁華街で昼食をとるためにうろついているところだった。


 拠点としているジョーネン市から丸一日かけて、機械部品を大量に運んできたところである。

 工業都市として名高いこのイシヅチ市には、そこかしこに工場から出される蒸気や排煙が充満していた。その燻る空気の中を、昼休みなのだろうか職人たちが思い思いに連れ立って歩きながら、食事を摂る場所を探している。

 街は喧騒と金属音と活気に溢れ、肌を刺すような冷たい空気を少しだけ忘れさせてくれた。


 かの悪名高き大戦の後、愚かな人類が撒き散らした化学物質は、分解されない毒の霧ハロスとなって世界中を覆い尽くしていた。空気より重いその霧は、平地に厚く滞留し、そこにいたほとんどの生物を駆逐してしまった。

 かくして標高の高い地域へと逃げ延びた人類が作り上げたこの山岳都市は、その厳しい環境をもって人間たちに己の罪を認識させようとしてくる。


 だが少なくとも、冷え切った空気ではジーシェ号の三人の食欲は衰えることはなかった。


「いらっしゃい。好きなところへどうぞ」


 レンたちが店のスイングドアをくぐると、奥から出てきた愛想のいい店員が三人を案内してくれた。

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。それは排煙まみれの空気ですっかり麻痺したレンの嗅覚を、ようやくまともな状態へと引き戻してくれた。


「なんだ、この店は禁煙か。じゃあ私はこのセットを頼んでおいてくれ」


 席についてしばらくあちこち眺めまわしていたシーナが、そう言い置いて再び立ち上がった。どうやら煙草を吸いに行くらしい。


 放っておいても煙なぞいくらでも体内に侵入してくるのに、これ以上わざわざ自分から吸おうというのだから不思議なものだ。

 少し呆れているレンの表情に気付いたコーが、レンは吸うんじゃないぞ、身体に悪いから、と苦笑した。


   *


 食事を終えて三人が店を出ると、曇り空の間から僅かに午後の陽光が差し込んでいた。

 長閑な、と言って差し支えないような、のんびりとした日差しだ。


「さて、腹も膨れたし、そろそろ行こうかね。確かこの通りの向こうに大きな倉庫があった筈だ。帰りに受けられそうな荷がないか、聞いてみようじゃないか」


 コーはひとつ伸びをすると、雑踏の中を歩き始めた。


 山頂に向かって螺旋を描くように登っていく大通りを進むと、両側に立ち並ぶ様々な店から呼び込みの声や客の会話が聞こえてくる。

 連れ立って歩きながら不思議なイントネーションの会話を聞いていると、その中に混じって低く鋭い声がレンの耳に飛び込んできた。


「……確かだな。わかった。協力に感謝する。もし見かけたら必ず知らせてくれ」


 何の話だろうか。

 レンが声の聞こえてきた方に視線を送ると、そこには少し異質な恰好の男が二人、通行人を捕まえて何やら紙を手渡しているところだった。

 ゴツゴツとしたブーツにポケットの沢山ついたフライトジャケット。

 革のキャップと額にはゴーグルを被り、首から口元までを襟巻が覆っている。

 そしてその懐には、明らかに武器を隠し持っているぞ、と言わんばかりの膨らみが見て取れた。


 警察の服装じゃないから、警備隊だろうか。あるいは軍隊かもしれない。


 ふと男のうちの一人が顔を上げた。

 その視線がレンのものとぶつかり、男は目で合図をするとこちらへと向かってきた。


「すまんな。人を探しているんだ」


 三人の前に立ちはだかった男は開口一番そう告げると、レンたちの顔を順番に眺めまわした。

 

「背の低い、若い女だ。赤毛で肩くらいの長さを後ろで縛ってる。グレーのワークパンツと、紺色のロングコート。見た覚えはないか」

「いや……覚えはないけど。一体何なんだ?」

「重要人物さ。俺らにとっては、な」


 三人を代表して不思議そうに答えたコーに、男は肩を竦めて答えた。


「とにかく、そういう女を見かけたら教えてくれ。ここに連絡先や女の特徴が書いてある」


 男はコーに、先ほど他の通行人に渡していたものと同じ紙を押し付けると、足早に次のターゲットに向かって去っていった。

 渡された紙をしげしげと眺めるコーの手元をレンが覗き込む。そこには手書きの文字がびっしりと並んでいた。こんなものまで用意しているところを見ると、どうやらかなり真剣に探しているらしい。


「人探しってこと? 何かあったのかな」

「さあね。ま、こんなご時世じゃ行方不明も珍しくないからな」


 コーは紙を乱雑に折りたたむと、尻ポケットにそれを押し込んだ。


「さあさあ、さっさと歩くぞ。ぐずぐずしてるとあっという間に日が暮れるからな」

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