事件の顛末と行く先(第3話完)

 レンが次に気付いたのは、3人の事務所兼自宅だった。

 ここはどこだろう、と一瞬困惑してあたりを見回し、自分の寝室であることがわかるとほっと胸をなで下ろした。

 ベッドの脇にはスツールに腰かけたまま居眠りをするシーナの姿がある。起き上がろうとして右の太股に激痛が走り、思わず声をあげた。


 そうだ、僕は撃たれたんだった。あの男に、銃で――。


 呻き声に反応してシーナが目を覚ましたらしい。ひとつ欠伸をすると立ち上がり、レンの額に手をあててきた。


「よお、お目覚めかな、アベンジャー。うん、熱も引いてるね。ちょっと待ってなさい。水と食べ物持ってきてやるから」

「シーナ、子供たちは? みんな無事?」


 レンが掠れた声で聞くと、シーナは苦笑しながらレンの額をひとつ小突いた。


「レンは自分の心配してなさい。3日も昏睡状態だったんだから。子供たちは無事だよ。後でちゃんと話してやるから、まずは栄養を取りな」


 シーナにそう言われてひとまず安堵のため息を漏らすと、半身を起き上がらせてベッドに座る体制をとる。しばらくそうしてまだ揺れている視界と格闘していると、シーナとコーが食べ物をお盆に乗せて入ってきた。


「まったく無茶しやがる。いや、レンだけじゃねえな。シーナもだ。よく全員無事で戻って来れたもんだ」


 入ってくるなり首を振りながら坊主頭を掻くコーを見て、レンは弱々しい笑みを浮かべた。皿に盛られた麦がゆのシンプルな匂いが鼻腔をくすぐり、自分が酷く空腹であることを思い出させる。

 手渡された皿を震える手で受け取ると、まだ湯気の立つそれを少しずつ口に運んだ。


「僕は3日も寝てたの。全く記憶がないや」

「ああ、そうだろうな。かなり出血が酷かったし、少し発熱もあったんだよ。医者は死ぬことはないだろう、って言ってたから心配はしてなかったが」

「嘘つくなよ、シーナ。この3日間、ずっとベッドの傍に付きっ切りだったじゃないか」


 コーの暴露に、シーナが少しそちらを睨み付ける。それからレンの方へと向き直り、額に手をやって熱の具合を確かめた。


「うん、もうしっかり平熱だ。あの医者、ヤブじゃないかと心配したが、どうやらまともだったらしいな」

「ねえ、シーナ、どうしてバクロー商会の建物が燃えたの? シーナがやったの?」

「ああ、あれは……わざとじゃないんだけどね」


 苦笑しながらシーナは事の顛末を語って聞かせてくれた。

 それによると、レンたちに先行して表玄関から忍び込んだシーナは、目的の書類を探して事務フロアを片っ端からあさっていたという。

 それはなかなか見つからなかったが、やがて前日に学会員に変装して偵察に行ったときのことを思い出した。子供たちのことを知っている従業員がデスクで仕事をしていたのを見ていたのだ。

 

 果たせるかな、そのデスクに探し物はあった。

 

 シーナは手にしていたランタンをデスクの隅に置き、書類の中身をその明かりで確認していた。

 そのときだった。外から突如、大きな叫び声が聞こえてきた。

 驚いたシーナは咄嗟に隠れようとし、誤って手元にあったランタンを床に落としてしまったのだ。

 割れて燃料が飛び散ったランタンの火は、周囲に散乱していた書類に燃え移り、すぐに木の床を焦がし始めた。


「それで慌てて退散したんだけど、まさかあの声がレンのものだったとはね。レンも吠える時には吠えるってわけだ。大人しい顔して」

「じゃあ書類は手に入ったんだね」


 レンが少し恥ずかしそうにしながら話題を逸らすと、コーがポケットから折りたたんだ数枚の紙を取り出した。


「ここにちゃんとある。バクロー商会が人身売買に手を染めていたことがはっきりわかる帳簿だ。こっちは念のため手元に残した分で、大半はレンが寝てる間に警察まで届けてあるよ」

「よかった。これでバクローは警察に調べられるね」

「そうだな、少なくとも当分裏家業はやれないだろう」


 レンはふうっと大きく息を吐き出すと、ひと息に皿に残った麦がゆを掻き込んだ。安心したら益々空腹を感じたのだ。考えてみれば3日も何も食べなかったわけで、当然といえば当然だろう。


「それで、子供たちだがな。色々考えて、昨日セージのところに預けてきたよ」

「セージさんの? 倉庫に置いてきたってこと?」


 よくわからない、という顔でレンが尋ねると、コーが頷いて腕を組んだ。


「セージの倉庫じゃここんとこかなり人手不足だって話だったからな。面倒見てもらえないか聞いてみたんだ。小さい子もいたから最初は渋ってたけど、事情を話したら折れてくれてね。里親が見つかるか、あるいは子供らが自立するまで、倉庫で使ってくれるとさ」

「本当に!? そっか……よかった。ほんとよかった」

「ま、一人前に倉庫作業ができるようになるまではなかなか厳しい道のりだろうけどな。なに、セージのことだ、文句並べながらもちゃんと面倒見てくれるさ。あのオヤジ、面倒見がいいからな」


 そう言ってからからと笑うコーを見て、レンの顔にもようやく本心からの笑顔が浮かんだ。

 僕がコーに救われたように、僕も子供たちを救えたんだ。

 レンは自分の腕の中で事切れたアキのことを思った。もしかしたら、今回のことでアキの魂も少しだけ救われたかもしれない。

 いや、そうであってほしい、とレンは強く願った。

 

 街は窓の外で、朝日に照らされてその日の活動を始めたところだった。

 

 どこかの路地で子供の笑い声が響いた。

 それは自らの将来に一点の曇りもない、純粋無垢な笑い声だった。


 レンはもう一度横たわると、足の疼きを感じながら、再び深い眠りに落ちていった。

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