倒すべき仇と燃やすべき建物

「うまくやったもんだ。見張りの奴はどうした? まさか殺しちゃいないだろうね。念のために様子を見に来て正解だったよ」


 そこに立っていたのは、アルセナー号の船長、サカだった。


 最後尾についていたコーが、子供たちにじっとしてろ、と低い声で言い置いて前に出てくる。その手には銃がしっかりと握られていた。


「おっと。そいつを捨てろ。いいか、構えようもんなら容赦なく撃つよ。わかってるよな」

「誰かと思えば、サカ船長。まさかあんたがこんなことに手を染めてたとは」

「善人ぶっても仕方ないだろう、こんな時代に。いいかい、君たちも知ってるだろう。ガキはいい値で売れるのさ。欲しがる連中は数知れずだ。それにそのガキどもは天涯孤独だ。一体誰が悲しむ? ちょっとは大人に――」

「そうやってアキを殺したんだ、お前らは!」


 サカの言葉を遮ってだしぬけにレンが叫んだ。

 サカが無表情にそちらに視線をやる。そしてせせら笑うように口角をあげた。


「アキ? 殺した? 一体何の――」

「4年前! 僕たちを買って輸送中に事故を起こしたのがお前らだ! この人殺し! アキがどうして殺されなきゃいけないんだ! 何も悪いことなんかしてないのに!」


 レンのふり絞るような叫びに、サカは最初戸惑っているようだったが、やがてその顔にははっきりとした笑みが浮かんだ。月明りに照らされたそれは狂気を孕んで顔中に広がっていく。


「そうか、お前、あの時に逃げ延びたガキか……! そうかそうか、こんなところで会うとはなあ。お前の小さなお友達には悪いことをしたよ。うちのクルーの手元が狂ってな。よおく覚えてるよ、んだからね」


 月明りにサカの眼だけが爛々と輝いていた。今や禍々しいほどに満面の笑みを浮かべ、煽るように手にした銃を振っている。

 階段の下では今にも飛び出して行きそうなレンを、コーが必死に抑えていた。


「落ち着け。わかってるだろう。こっちの銃はレプリカだ。戦っても勝ち目はねえ」


 小声で耳打ちされたレンは、己の無力に打ちのめされたように絶望の咆哮をあげた。

 こんなことがあってたまるか。アキはこんなやつらに殺されたのか。彼女の人生は一体なんだったんだ――。


「よく吠えるねえ。近所迷惑な奴だ。さあ、全員回れ右だよ。おかげさまで、商品が2点ほど増えたわけだ、ははっ。ありがたいことだね。さっさと戻りたまえよ、早くしないと――」


 そこまで言って、サカは突然口を閉じた。二人が顔を上げるとその視線はレンたちの方を見ていなかった。横の方、階段のすぐ脇に聳えたつバクロー商会の建物を見つめている。


 一体何が、と一瞬戸惑うコーとレンの眼に、サカの錆色の髪が赤い光でうっすらと照らされているのが見て取れた。

 見る間にその顔中に広がっていた狂気の笑みが消え、驚愕の表情へと入れ替わる。

 やがて横顔を照らしていた赤い光がちろちろと揺らぎ、複雑な陰影を作り始めた。


 バクロー商会が燃えている。


 その事実に気付いた瞬間、レンはコーを振りほどいてサカの元へと突進した。

 階段を2段飛ばしで駆け上がる。その眼にはサカが再びこちらへと視線を戻すのがスローモーションのように見えていた。

 レンが最上段へとたどり着いたのと、サカが身を捩ってレンに相対したのが同時だった。その勢いのままサカに組み付いたレンは、その手に握った凶器をもぎ取ろうと手を伸ばした。


 ぱん、と乾いた破裂音が夜の街に響き渡る。

 1発、そしてもう1発。


 一瞬の後、レンとサカは絡まり合うようにして崩れ落ちた。


「おい、レン! しっかりしろ!」


 コーが叫んで駆け寄る。子供たちは呆然としたまま階段の下で動けずにいた。


 階段の上には二人の男が転がり、その下には赤い液体が広がり始めていた。すぐ傍で徐々に勢いを増していく炎が舐めるように頬を焦がす。その揺らめく明かりに照らされて、血だまりはより深い赤に染まって見えた。


 先に呻き声を上げたのはレンだった。

 コーが慌てて抱き起すと、レンは右の太股を両手で抑えて痛みを堪えていた。


「大丈夫か。酷い出血だ」

「うう……だいじょうぶ、だと思う……。あいつは……?」

「ああ、そうだな」


 コーは地面に転がる男をちらりと見やると、上着を脱いで袖をレンの足に縛りつけ始めた。ジーシェを苦境から救ってくれた男が、そしてレンの親友を殺した男が、腹から血を流して倒れている。その出血はレンのものより酷いように見受けられた。


「死んだかもしれねえな。腹をやられてるようだ」

「そう……アキ、仇、とったよ……」


 レンはそれだけ小さく呟くと、意識を失った。


「おい、大丈夫か。足をやられたのか」


 突然頭の上から降ってきたその声にコーが顔を上げる。そこには手に何やら書類を持ったシーナがいた。


「いいところに。手伝ってくれ。急所は外れてると思うが、いかんせん出血が酷い。早く運ばないと。シーナは子供らを連れて来てくれるか」

「わかった。おい、レン、死ぬんじゃないぞ」


 そう言い置いて階段を駆け下りていくシーナに、コーが後ろから声をかけた。


「シーナ、あの火事は? シーナが?」

「ああ、まあ、ね」


 シーナは立ち上る炎の明かりの中でニヤリと笑って見せた。


「不可抗力、てやつかな」

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