救出と逃走と月明り
しばらく男の服を探っていると、ポケットから鍵束が見つかった。
コーはそれを手に満足げに頷くとレンに手渡した。
「おい、どれがこの部屋の鍵だ」
コーが銃を突き付けながら目隠しをされた男に質問するが、男は黙って首を振るだけだった。それはそうだろう。何しろ見えていないのだから、どれがその鍵だ、と伝えようがない。
鍵束には同じような鍵がいくつも括り付けられており、目的のものを見つけ出すのは中々骨が折れる仕事だった。
薄暗いガス灯の明かりを頼りに、レンが虱潰しに部屋の鍵穴に差し込んでいく。
7つ目でようやくかちゃり、と小気味よい音が静まり返った廊下に響いた。
そっと扉を押し開ける。
中は灯りもなく真っ暗だ。地下なので当然窓もない。それでも廊下から差し込む微かな光でなんとか中の様子が見て取れる。照らし出されたのは、壁に沿って一面を覆い尽くす棚と、そこに積まれた大量の箱。どうやら聞いていた通り倉庫として使われている部屋らしい。
そして部屋の真ん中には、うずくまるように眠る子供たちの姿があった。
皆泣きつかれたのだろうか。外での物音にはまるで気付かなかったようで、すやすやと寝息を立てている。見ていると時折寝言で何事か呟いている者もいた。
素早く人数を数える。全部で8人だ。
レンは一番近くで寝ている子供に近づくと、軽く肩を叩いた。
「ねえ、起きて。大丈夫?」
何度か揺すられているうちにその子は目を覚ましたらしい。小さな呻き声と共に目を開けると、しばらく事態を飲み込めていないようだったが、やがてレンを見て首を傾げた。
「……だれ?」
「僕はレン。大丈夫、君たちを助けにきたよ。静かに起きて、みんなを起こすのを手伝ってくれるかな」
自分に出せる精一杯の猫なで声でレンが告げると、その子はしばらく考えた後、立ち上がって周囲に転がっている他の子供たちを起こし始めた。
どの子もまだ10歳にもならないだろう。中には5歳くらいに見えるほど小さな子もいた。皆一様に痩せこけ、あちこち擦り切れたボロボロの服を身に纏っている。
よく見れば手足には縄の跡らしき擦り傷もあった。どうやらここへ連れてこられた飛行船の中では手足を縛られていたらしい。
小さい子たちに、なんて酷いことをするんだ。レンは眉を顰めながら、自らも他の子たちを起こして回った。
子供が全員起きると、レンはもう一度先ほどの言葉を繰り返した。突然の状況でも子供たちは大人しくしており、大声をあげる者は誰もいない。
恐怖で竦んでいる故か。それとも助けてもらえるということを理解しているからだろうか。
「いいかい。みんな、僕の後についてくるんだよ。大きな音をたてちゃダメだからね」
レンが小声で言うと、子供たちもそれに合わせたように、小声で口々にわかった、とかうん、と返してきた。
全員を引き連れて廊下へ出る。
入れ替わるように、部屋のすぐ前で男に銃を突き付けていたコーが中に入ってきた。
「さあ、そこに寝ころびな」
コーが銃口を男の後頭部に突きつける。微かに頭に銃の金属が触れて、ごつ、という鈍い音が響く。
男がゆっくりと手探りで横になると、コーは用意していたロープで両脚をぐるぐる巻きに縛り上げた。
「これでよし。あとは防音がどの程度効くかだな。どっちにしても明日の朝になればばれるだろうが」
「早く逃げないと。コー、行こうよ」
廊下で待機していたレンがコーに声を掛けた。
全員が廊下に出ると、再び先ほどの鍵で扉を施錠する。扉は内側から解錠できないように改造されていた。
それはつまり、こうして買い入れた人間をここに閉じ込めておくことが往々にしてある、ということだろう。
レンは改めて胸中に怒りが沸いてくるのを感じながら、子供たちを従えて非常階段へと向かった。
ここまではうまくいっている。怖いくらい順調だ。
子供たちが騒いでしまい、それで誰かに見つかる、というのが想定していた悪いシナリオのひとつだった。しかしこの子たちは起こされてからこれまで、ほとんど騒ぎ立てることがない。
聡明なのか、臆病なのかはなんとも言えなかったが、ありがたいことではある。
「おい、君たち。ここにいる8人で全部か? 他に買われてきた子供はいないな?」
最後尾にいるコーが誰ともなしに聞くと、一番背の高い子がうん、と小さく頷いた。
「これで全部だよ。ねえ、おじさんたちは誰なの?人買いの人たちの仲間じゃないの?」
「おいおい、おじさんはねえだろ。俺はコーだ。さっきも言っただろ、君たちを助けに来たんだ」
「コー、この子たちからしたら十分おじさんだよ」
「いいのか、そんなこと言って。レンもすぐにこうなるんだぜ」
レンがまぜっかえしたので、コーが苦笑いをしながらやり返した。一番の難所を突破したことで、二人とも少し気が大きくなっているようだった。
一行は非常階段を登り、途中のドアをくぐって外階段へと出た。夜風が火照った顔に気持ちいい。あとはこのままジーシェ号まで連れて行けばいい。
薄着の子供たちには少し寒いかもしれないな。ジーシェに着いたら何か暖かい飲み物でも淹れてやろう。コーヒーは飲まないだろうし、甘いお茶かな。
レンがほっと胸をなで下ろしながら考えを巡らせていた、そのときだった。
「よお、そこまでにしといてくれや。そいつらがいなくなっちまうと、うちの商売もあがったりなんでね」
聞き覚えのある声が頭の上から降ってきた。
驚きと恐怖に顔を上げる。階段の上に、月明りを背にして長髪を後ろで結んだ男が、右手に握った銃らしきものを構えこちらを見ていた。
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