嘘と脅迫と強行突破

「そろそろ時間だ。いくぞ」


 コーは静かに呟くと、レンの肩を軽く叩いた。

 そのレンはといえば、緊張しているのか鉛を飲み込んだかのようにどんよりとした顔をしている。無理もない。15歳の少年に、これから泥棒の真似事をしろというのだ。


「大丈夫か? この暗さでもわかるくらい顔が青いぞ」

「大丈夫。僕が言い出したんだから。やるよ」


 少し震える声でそう宣言すると、レンはゴーグルとマスクを着け、立ち上がって路地裏の暗がりからバクロー商会の建物を覗いた。

 大きな黒い影が深夜の暗闇に聳えていた。二人がいるのは建物の裏側である。通りを隔てたすぐそこ、目的の建物の足元に、ぽっかりと暗闇が口を開けていた。


 シーナが言っていた情報が正しければ、あれが地下への非常階段に違いない。

 外から直接地下へ降りられるようになっているのは、勿論非常時の避難のためということもあるだろうが、地下の倉庫へ荷を出し入れしやすいようにという面もあるのだろう。

 なんにせよ、あの先に囚われた子供たちがいる筈だった。


 今頃シーナは正面玄関から入り、目的のものを探しているだろう。大きな騒ぎが聞こえてこないということは、とりあえずうまくいっていると考えていいな、とレンは自分を落ち着かせ、深くひとつ深呼吸をした。

 少し冷えた山の夜風が肺に差し込み、そのすぐ傍にあっていつもの倍速で脈打っている心臓まで冷える気がする。


 コーとレンは顔を見合わせて頷くと、そろそろと地下への階段を目指した。


 山肌に掘りぬかれた階段は、周りが剥き出しの岩肌になっており、ランタンの灯りを反射してぬらぬらと黒く光る。

 石造りの階段は夜露に濡れているのか、気を付けないと足を滑らせて落ちてしまいそうだった。


 慎重に階段を下りきると、左手に金属製の扉がある。シーナの報告によれば、ここを潜ると室内にさらに階段があり、少し下ったところが地下フロアになっているということだった。


「怖いなあ。夕方シーナが行った時にはかなり沢山人がいたって言ってたよね」


 レンが半ば独り言のように呟く。コーは声を顰めて応じた。


「あのまま引き渡してくれれば楽だったんだけどな。まあそれでも子供らが閉じ込められてる場所もわかったし、上出来だったよな」

「シーナって大胆だよね。いつも思うんだけど」

「今回だって率先して正面玄関へ回ったし、頼りになるってもんだよ。さあいいか、やるぞ」


 コーがランタンを吹き消した。周囲が闇に包まれる。少しして目が慣れてくると、月明りが丁度差し込み、ぼんやりと二人の輪郭を浮き上がらせた。

 コーはひとつ息を吸い込むと、呼吸を殺して軽く扉をノックした。


 しばらくは何の反応もない。が、少し待っていると、やがて扉の向こうで鉄製の階段を登ってくる足音がした。

 見張りの従業員が屋内側の階段を登ってきたのに間違いない。

 二人が緊張しながら身構えていると、扉の向こうで低い声が誰何した。


「誰だ?」

「俺だ。重要な伝達事項があってきた。開けてくれ」

「伝達事項?」


 コーがやはりトーンを落としてわざとくぐもった声で応じると、中の声の主が明らかに訝しむ様子に変わった。


「誰からのだ?」

「サカ船長だ。例の荷のことで」


 しばらく間があった。中にいる男は考え込んでいるようだった。

 ばれただろうか――?

 コーとレンの緊張がピークに達した時、扉の向こうでガチャガチャと金属がこすれる音がしはじめた。

 

 ややあって、鍵が回るガチャリ、という音。


 そして次の瞬間、微かな軋みと共に鉄製の扉が、外に向かって細く開かれた。


「一体何事だ? というか、俺、じゃわからん、誰なんだ?」


 中から髪の薄くなった頭が覗く。

 コーたちは扉の影に隠れるようにしてじっと息を殺していた。


「おい? どこに――」


 禿げた男が首を突き出して辺りを見回す。その黒い影を確認した直後、暗闇から飛び出したコーが男の頭に銃を突きつけた。


「騒ぐな。両手を挙げてそこに跪け。少しでも動いたら撃つ」


 コーが静かに男に告げる。男の表情はよく見えなかったが、明らかに強張っているのがわかった。


 次の瞬間、男がドアを閉めようと取っ手を握る手に力を込めた。

 しかし二人にとっては想定の範囲内だった。レンががっちりと外側の取っ手を引っ張っている。コーはマスクの下でにやりと笑い、もう一度言った。


「バカなことを考えるなよ。今度動こうとしたら撃つからな。そのままゆっくり出てこい」


 観念したらしい男がゆっくりと扉を押し開け、外へ一歩踏み出した。コーがそれを跪かせ、レンが目隠しと猿轡をする。更に男の両手を後ろ手に縛りあげると、改めて立たせた。

 うまくいった。ここまでは上々だ。

 レンは心臓がはちきれそうなほど早く脈打っているのを感じながら、なんとか落ち着こうと努めた。これは緊張だろうか、それともうまくいった喜びなのだろうか。


 二人は男を小突きながら中へと入り、男に前を歩かせながら内部の階段を降りて行く。そして目的の部屋の前へたどり着くと尋ねた。


「鍵は持ってるだろうな?」

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