研究所の地下

 結局、二人がアツの飛行船を後にしたのはそれから30分ほど経ってからだった。そろそろ日が傾き始めている。あまり悠長なことはしていられなかった。


 コーがたっぷりと荷物を詰め込んだリュックを担いだ。中にはシーナがピックアップした役立ちそうな書籍が数冊、重要そうな研究ノートを何冊か、さらにまだ使えそうな顕微鏡と小型の蒸気式インキュベーターが入っている。

 いずれもシーナが持って行こうと主張したものだった。


「コー、あんたはやっぱりお人よしだな」


 早足で公園の敷地を横切りながら、先を行くシーナが少し振り返った。


「私が持って行きたいって言ったんだから、私に持たせときゃいいのに」

「別に女だからどうとか言うつもりはないさ。ただ現実問題として、より力がある方が担いだ方が早く進めるだろうってだけだよ」


 早くも息が上がっているコーが苦しそうに答えると、シーナはふっと笑った。

 霧を通してぼんやりと光っている太陽が明らかに赤みを増していた。日が暮れるとレンも心配するだろうし、何より地上での活動が危険になる。

 そうなる前にはジーシェ号に引き上げる必要がある。あと3時間はないだろう。


「公園の南側っていうのはわかったが、具体的に心当たりがあるのか。はっきりいって相当時間をかけないと見つからんと思うが」

「いや、そうでもないぞ。さっきの日記にあっただろう、鉄塔が密集してるんだよ。ジーシェが降りてくる間見てたからな。確かにそんな場所があって少しひやひやしたのを覚えてる。しかもうまい具合に、その辺は建物が少なかったんだ」


 なるほど、よく観察している、とコーは感心した。研究者の性なのか。それともシーナの性格なのだろうか。

 

「だけど実際のところ、その研究所跡とやらに行っても何もないだろうな」


 シーナが言った。彼女の息もだいぶ上がってきている。


「どう考えてもさっさと歩いて近くの街まで戻っただろう。何か手がかりを残してくれているとも考えづらい。こんなこと言うのもなんだが、無駄足だろうね」

「そうだな。それでも行っておかないと後で後悔しそうな気がするんだよ。どのみちこれで手がかりが無ければまた元のところに戻るだけさ」


 公園を南へ抜けると、そこには田園地帯が広がっていた。いや、田園地帯だった、という方が正しいだろう。

 綺麗に整備された四角い区画がずらりと並んでいる。ただそれらはどれも泥の色一色に染まり、一片の緑すら見えない。建物はそのところどころにぽつぽつとあるだけだ。


 かつて米を作っていたその区画の間を抜ける道を、二人は早足で歩いた。そろそろ疲れもピークに達している。コーもシーナも口をきく元気はなかった。


 やがて黄色い霧の奥からのそりと大きな影が姿を見せた。

 鉄塔だ。

 かつて電気エネルギーを利用した生活が主流だった頃、そのエネルギー送信のために建てられた代物だ。鉄塔から鉄塔へと渡されていたケーブルが切れて垂れ下がり、まるで巨大な鉄製の樹木のようだった。


 ハロスを透かして見ると、何十メートルかおきに鉄塔は何本も立っているらしい。

 シーナはコンパスを手に、先ほどジーシェ号から確認したという鉄塔の固まっているあたりを目指しているようだった。しかし一筋縄ではいかないらしく、先ほどから右へ左へと歩くルートがころころと変わる。

 食い込む荷物の重みに耐えかね、コーは何度も担ぐ肩を変えた。


「どうやらあの辺だな」


 いい加減に諦めようか、と思い始めていた頃、ようやくシーナが立ち止まった。その指差す方を見てコーも頷く。

 確かに鉄塔が数本、近い距離に固まっている。そのうちの1本は、どうやら建物の敷地内にあるらしかった。


「そうするとあの建物かな。形といい、住居じゃなさそうだ」

「コンクリート製か。いかにも前時代的だ」


 軽口を叩きながらも最後の力を振り絞るコーを見て、シーナはその手から荷物を受け取った。


「ありがと。いい加減自分で持つよ」



 研究所らしき建物は瓦礫ひとつ残されていなかった。

 どの部屋もがらんとして、スカベンジャーたちの貪欲さが見て取れる。人類が平地で暮らしていた頃、海外では時にイナゴという昆虫が大発生し、作物を食い荒らしたことがあったという。それにより多くの人間が食料を失って飢えたと聞いているが、今や人間がその立場というわけだ。


「地下室っていうくらいだから地下にあるんだよな?」


 コーが聞くと、シーナはお手上げ、というように両手を挙げた。


「さあ。今時地下室なんか造る奴はいないからね。昔の人間がどういう風に地下に部屋を造ったかなんて全く――しっ。今、何か聞こえなかった?」


 口に人差し指を当てたシーナを見て、コーも一瞬固まる。確かに何か動く音がしたような気がした。風のせいだろうか。それともスカベンジャーが近くにいるのか。

 しばらく耳を澄ませる。

 風が土埃を巻き上げる音に混じって、微かにがしゃんがしゃんという音が聞こえた。


「なんだろう。スカベンジャーか?」

「いや、どうも様子が違う。何か機械的なものが動いてるような……」


 二人は建物の中を音の発信源を求めて歩き回った。二階に登るとほとんど聞こえない。となると一階のどこかだろうか。


 緊張に支配された沈黙の中でしばらくうろついた後、コーたちがたどり着いたのは一階の廊下の隅だった。その付近が一番よく聞こえる。そしてその音は、どうやら足元から響いてくるようだった。


「シーナ、ここだ。よく見ると跳ね上げ戸になってる。地下室の入り口だろう」

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