待っていたもの

 跳ね上げ戸を開けると、そこには階段が続いていた。

 奈落の底へと誘うような、真っ暗な地下へと続く階段だった。


 コーが先に立ち、慎重に一段一段と歩を進める。頼りになるのはコーが手に持ったガスランタンの灯りひとつである。

 一歩進むごとに、がしゃん、がしゃんという音は大きくなった。底に待ち受けているのが何なのか、二人は緊張しながらもゆっくりと進んだ。


 やがて階段を下り切ったところで、もう一枚金属製の扉が現れた。少し躊躇ってコーがノブに手をかける。がちゃり、と音を立ててノブが回った。


「いいか、シーナは一歩後ろに下がってろ。何かあったらすぐ逃げるんだ」


 コーが囁くと、ランタンに照らされたシーナの顔がこくりと頷いた。


 扉をゆっくりと開く。それは静まり返った地下の空間に、怪物の咆哮のごとき騒音を響き渡らせた。蝶番が錆びているのだろう。耳障りな音でその身を軋ませた扉が開ききったところで、コーはランタンを高く掲げた。


「誰かいるのか」


 扉の奥は広い空間になっていた。

 ランタンの灯りでは奥の方が影になっていて判然としない。

 

 不意にその暗闇から動くものがこちらへと向かってきた。コーは身構えながらそちらにランタンを差し向ける。


 奥からやってきたのは、一台のウォーカーだった。


 どうやら先ほどから音を立てていたのはこいつらしい。胸をなで下ろしたコーがランタンを少し下げた。


「シーナ、大丈夫だ。ウォーカーがいただけだ。他に動くものは――」


 その時だった。

 動かした灯りの中に、大きな塊が横たわっているのが浮かび上がった。

 灰色一色のその塊には明らかに頭部と手足がある。


「人だ! 誰か倒れてるぞ!」


 その声を聞いてシーナが部屋に入ってくる。二人が恐る恐る近づくと、そこには防護服の人間が転がっていた。


「生きてる?」

「いや、死んでるみたいだ」


 床に転がっている人物の身体に触れたコーの手には、明らかに細く乾燥した肉体の手触りが伝わってきた。

 意を決して頭部を確認する。そこにあった顔を見て、コーは思わず眉を顰めた。


 ガスマスクの下にあったのは干からびたミイラの顔だった。


 死んでしばらく経っているということだろう。

 しばらく観察していると、シーナが防護服の肩口のところを指さした。


「そこ、防護服が破れてる」

「なるほどね。何かの拍子に破れて、外に出られなくなったんだろう。ここなら扉を閉め切ればしばらくはハロスも入って来ない。それで立てこもったはいいが、結局衰弱して死んでしまったってところかな」


 コーは部屋の中を改めて眺めまわした。

 いくつかガスランプが据え付けてある。どうやらまだ使えるようだ。それらに順番に灯を入れていくと、やがて地下室の中は十分に明るくなった。


 先ほどから部屋の中央で動きを止めていたウォーカーが、再び動き出した。部屋の奥へと進んでいく。そちらを見ると、大型のタンクが二つ、据え付けてあった。


「ああ、あのウォーカーは自分でエネルギーを補給するようにプログラムされてたんだな。それで主人が死んでからも動き続けてたのか」

「それじゃあのタンクの中は燃料と水?」

「そうだろうな。さて、この主人の方は……ああ、やっぱりそうか」


 コーはしばらく防護服のポケットを探っていたが、やがてそこから一冊の手帳を取り出した。シーナが覗き込むと、ガスランプの揺れる灯りに照らされてアツ、という字が読み取れた。


「こんなとこでくたばっちまってたとはね。研究者ってのは大変な商売だな」

「きっと何かのサンプルを取りに来たんだろうね。それで事故か何かで身動きが取れなくなった」

 

 シーナが物言わぬ身体となったアツを真っ直ぐに寝かせ直し、しばらく首を垂れた。哀悼の意を表しているということだろう。コーもそれに倣った。

 それから、自分の防護服のポケットを探り、革袋をひとつ取り出す。

 シズから託された荷物だった。


「遅くなって悪かったな。確かに荷物は届けたよ」


 コーがそれを横たわったアツの棟の上に静かに置いた。シーナが鼻をひとつすする。


「泣いているのか」

「バカを言うな。汗が垂れて痒かっただけだ」


 それからコーは、部屋の奥で自ら燃料を補給しているウォーカーの元へ歩いて行った。


「お前はどうする。ここから出たいか」


 ウォーカーは何も言わず、黙々とタンクに燃料を取り込んでいる。


 コーは操作パネルを開けると、起動スイッチをオフにした。バルブから蒸気が抜ける音が響き、ウォーカーはそのまま停止する。その頭部にぽん、と一度手を置き、それから振り返った。


「さあ、配達は終了だ。あとは静かに眠らせてやろう」

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