写真とウォーカー

 その日ずっと曇り空の中を飛び続けた三人は、小雨が落ち始めたのを見て早めに宿をとることに決めた。

 薄暗いハロスの海の向こうに街の灯りがぼんやりと見えてくる。オーミネ市の灯りだった。このあたりでは最も大きい街だ。宿には困らないだろう。


 操縦席にいるレンがエンジンの出力を落とす。蒸気が弁から放出されるしゅうしゅうという音と、噛み合った歯車の唸りが微かに聞こえ、ジーシェが徐々に減速した。


 色とりどりの船で混み合うオーミネ市の発着場に着くと、コーが近寄ってきた管理人に小銭を握らせた。


「旦那、明日まででいいですかい?」

「ああ、朝一番で出る」


 それだけ聞くと、管理人は頷いて係留索をポールにロックした。地面に降りるとレンは大きく伸びをして街の空気を吸い込んだ。


「ねえ、ちょっと臭いが違うね。機械油の臭いが強いよ」

「街によって随分違うんだな」


 シーナが同意する。これまでにあまり遠方の街を訪れたことがないと言うだけあって、物珍しそうに初めてやってきた街の様子を眺めまわしている。


 それから三人は連れ立って街中へと歩いて行った。

 オーミネ市はどういう理由かはわからないが、山頂付近には建物が何もない。その周りをぐるりと囲むように街ができているから、まるでドーナツのような形をしている。

 そのためか中心街と呼べそうなあたりは見当たらず、帯状に山を取り巻く街のそこここに賑やかな場所が点在しているらしかった。


 夕食を終えて近くに見つけた安い宿に落ち着くと、三人は思い思いにくつろいだ。

 コーはベッドに腰かけてビールを呷り、シーナは窓際ですっかり日の落ちた街の灯りを眺めながら煙草を吸っている。レンはといえば、小さな備え付けの書き物机に向かって革張りの本を読んでいる。


 節約のために二人部屋にもう一台簡易ベッドを入れてもらったので、少々窮屈ではあったが、飛行船の仮眠室に比べればどうということはない。

 なにしろジーシェの仮眠室は、元々ベッド2台だったところに、新たに乗り込んだシーナのために一部を改装して無理やり3台目を据え付けたのだ。狭いのは当たり前だった。


「コー、さっきのアツさん宛ての荷物さ、開けてみてもいい?」

「ん? んー、そうだな。まあただの壊れた懐中時計だけど、封印されてるわけじゃないし構わんよ。どのみち差出人はこの世にいないしな」


 そう言われてレンは立ち上がると、手荷物の中から革製の袋を取り出して、また元の位置に戻った。

 それから袋を開けて中身を机の上に出す。それはあちこちに錆が浮き出た、いかにも古そうな金属製の時計だった。


「ふーん……ほんとに壊れてるね。動かないや。あれ、ここ外れるけど」


 レンが時計をいじっていると、裏側がロケットのように横にずれることに気が付いた。錆びついて軋む蝶番を少し強引に開く。そこに入っていたのは、二人の人物が写ったこれまた古い写真だった。


「へえ、こんなのが入ってたのか。あんまりよく見ようともしなかったからな。気付かなかった」


 レンが時計を渡すと、コーがそれをしげしげと眺めた。

 写っているのは20代くらいの男女だ。きっと男がアツ、女がシズという人物なのだろう。確かコーが出会った頃のシズが55歳だと言っていたから、今から40年近く昔のものということになるだろうか。


 写真の中の男女は、少し気恥ずかしそうな表情を浮かべながら並んでこちらを見ていた。その男の方は、傍らにある腰くらいの大きさの機械を大事そうに抱き寄せている。


「この機械、なんだろうね」


 レンが誰ともなしに言ったところで、シーナがぐいと顔を寄せてきた。


「……ああ、これは自律型歩行機械だろう。随分古い型だが――まあ40年近く前の写真なら当然か」

「何、それ?」

「ウォーカーとも呼ぶが、要はロボットさ。自律型とはいってもそんなに複雑な動きができるわけじゃない。単一の命令をインプットしてやれば、その通りに勝手に動いてくれる、ってシロモノだよ。燃料か水が尽きるまでね」


 シーナの説明を聞いて、コーが、ああ、という顔になった。


「そう言えば聞いたことがあるな。研究用なんかで使われてたんだっけか」

「元々は軍用だったらしいね。それが戦後、ハロスの中に行かせて何か作業をさせたりするのに都合がいいっていうんで、研究者やスカベンジャーが使っていたそうだ。生憎私は本物を見たことはないが」

「あんまり流通しなかったの?」

「なんでも、しょっちゅうメンテナンスが必要になる上に、弄れる職人も限られていてな。ウォーカーにやらせるより自分でガスマスクをつけて行った方が手っ取り早いってんで、あまり流行らなかったみたいだ」


 ふうん、とレンは改めて写真を見てみた。

 写真の中のウォーカーは、酒樽のような形の金属製のボディにアームが2本ついている。頭部にあたる部分にはセンサーのようなパーツが付いており、関節部にはギアが見え隠れしていた。足元は見切れていてわからないが、歩行機械というからには車輪やキャタピラーではなく脚が付いているのだろう。


「これって今でも使ってる人いるのかな」

「そうだなあ。私が知ってる研究者でも何人か所有してたから、まだ現役のやつもあるだろうな。ただ、メンテナンスできる職人が今じゃだいぶ減っちまってるから、いずれ使われなくなるんだろう」


 そこで、レンとシーナの話を聞いていたコーが、ふと声をあげた。


「シーナ、その職人の居場所なんて知ってるか。特に大きい工房とか、有名な職人とか」

「確か、ダイセン市に大きい工房があるって聞いたけど。それが?」

「いや、もしかしてそのアツって男、そういうところに出入りしてたりしないかなって思ってさ」

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