吹雪の日
「ああ、こいつか……これはなあ。預かった荷物ではあるんだがな」
レンに見せられた革袋を手にすると、コーは歯切れ悪く言って顎ひげを撫でた。
ジーシェは無事にツバクロ市の発着場を離陸し、一路西へと向かっている。風はほとんどなく順調に進んではいたが、平地の上もどんよりとした曇り空であまり気持ちのいい飛行とはいえなかった。
このままだと雨になるかもしれない。
季節的には雷の心配はあまりしなくてよいだろうが、雨の程度によっては視界が効かず、途中で停泊を余儀なくされるかもしれなかった。
「一応、配送料も貰っているから、機会があれば届けなきゃならんのだが――」
「どうして届けないの? て、いうか、いつ預かったものなの?」
レンの咎めるような口調に、コーは苦笑いをしながら答えた。
「いや、別に俺がサボっているわけじゃないさ。届け先が見つからないんだよ。そうだなあ、話せば長くなるが……」
「教えてよ。気になる」
レンが促したとき、後ろで操舵室のドアが開いた。
ダイニングで朝食をとっていたシーナが戻ってきたのだ。
「何? 何か問題でも?」
「違うよシーナ。ただこれが荷室の中で埋もれててさ。コーに聞いたら昔預かったままになってる荷物だっていうから」
「それで配達をサボってると思われた俺が、レンに責められてるってわけだ」
それを聞いたシーナが厚く形のいい唇の端をにやりと歪めた。
「オーケー、話しておこうか。あれはもう6年も前になるかな。まだこの船にレンも乗っていなかった頃のことだ。当時、俺は別の相棒と二人で運送屋をやってたんだがな――」
そうして話し出したコーは、舵輪を握りながら少し遠い目になり、当時のことを思い出しながらぽつぽつと言葉を紡いだ。
*
――6年ほど前の、ある冬のことだった。
その日も酷く垂れこめた曇り空で、一日中雪が舞っていた。
もっとも山頂付近にある街では、どこも秋から春にかけてほとんどがこんな天気だ。雪に関していえば、街中はそこいら中で火をくべられ煙を噴き出している蒸気機関の廃熱を利用したヒートパイプが溶かしてくれるため、山の上とはいえそれほど積もることはない。
ただそれでも、街から街へと尾根伝いに行くような道は、ともすれば雪崩や滑落と隣り合わせの危険な道路と化すのが常だ。
コーたちはその日、北の方への配送を終えた帰りだった。
帰りの荷を途中のカイコマ市で降ろし、すっかり身軽になってジョーネン市へと帰路を急いでいた。
夕方のことで辺りはかなり暗くなり、このままでは夜間飛行になりそうだった。
低山地域にあるオガトー市からほど近いあたりまでやってきたとき、不意に風向きが変わる。冬の凍てつくような風が徐々に強さを増し、それと共に大量の雪が落ち始めたのだ。
急な吹雪の到来に、コーたちは慌てた。
ジョーネン市まであと一時間くらいの距離ではあったが、この天気では危険が大きい。しかも風は向かい風で思ったより速度も出せそうにない。
方角を変えてオガトー市へ立ち寄り、そこで一時避難しよう。
そう決めて舵を切ったのと、暴風ともいえるような強烈な風が吹き付けたのが同時だった。
飛行船はバランスを失い、吹き流されるように想定外の方へと進んでいく。
墜落の危険を肌で感じたコーたちは、止むを得ずその場で一旦降りることにしたのだった。
その辺りの低山地域には街が広がっていた。
ただしオガトー市のように、人の営みが集積された街ではない。
そこはかつて、ハロスから逃げるようにして山の上を目指した人間たちが、最初に住み着いた街の残骸だった。
廃墟のような街ではあっても、ともかく暴風雪を凌ぐための建物は存在する。
風にきりきりまいさせられながらもなんとか船の高度を落とすと、コーたちは近くにあった建物に係留索の鈎をひっかけ、なんとか地上に降りることに成功した。
それからの丸二日間というもの、吹雪は収まる気配を見せなかった。近年まれに見る天候の荒れようだったという。
廃墟に身を寄せていたコーたちだったが、暖を取る術も乏しく、食料も尽きかけ、いよいよ生命の危機が見え始めた。
こうなればせめて徒歩でオガトー市を目指すしかない。
足を引き摺りながら歩き始めたところで、廃墟の街並みの中にポツンと灯りが灯る家を発見したのだ。
『すみません、我々遭難者なんですが、中に入れては貰えませんか』
そう声を掛けると、中から出てきたのは一人の中年の女だった。
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