第2話 Black submarine
大荷物と小包
飛行船ジーシェ号が係留されている発着場には、何台もの駆動台車が大きな箱を積んで列をなしていた。
それぞれの台車には倉庫の作業員たちがついて、順にジーシェ号へと荷物を積み込んでいる。そのジーシェの積み下ろし口には、船の主で運送屋のコーがおり、箱の積み方を細かく指示していた。
「あー、そこは3段までにしといてくれ。そう、その横に重ねて。あと何箱だ?」
「あと5箱だよ。全部入る?」
「なら全然問題ないな。よし、それじゃあレン、倉庫まで行ってシーナを呼んできてくれ。ついでに受け書をセージへ。こっちはあとは俺一人で大丈夫だ」
「わかった」
コーからそう言い渡されたレンと呼ばれた少年は、身を翻して飛行船から地面への僅かな段差を飛び降りると、尾根に沿って敷設された道の上を倉庫へと駆けて行った。
かの忌まわしき戦争で世界中の平地という平地が
お陰で、特に山頂に靄がかかる朝方などは、数百メートルしか離れていない筈の倉庫ですら霞んで見える始末だ。
人間というものはおよそどこへ行っても環境を壊しながら生きて行く業を背負っているらしい。
全ての荷を積み終わると、コーはひとつ欠伸をして積み下ろし口を閉め、船内のダイニングへと向かった。起き抜けに入れて飲みかけたハイマツのコーヒーがまだ少し残っていた筈だ。
レンとシーナが戻ってきたらすぐ出航できるよう、離陸準備を整えなければならない。
今日の仕事は久しぶりに荷室が一杯になるほどの量だった。
倉庫主のセージに聞いたところでは、今日の荷はこのあたりの特産でもある羊肉の缶詰らしい。これをツルギ市の倉庫へと運ぶのだ。かなりの遠距離になる。
いままでレンと二人でやっていた頃なら、途中の街で宿をとる必要がある距離だった。一人ずつ交代で仮眠をとるにしても、夜視界がない状態でコンパスと地図を頼りに飛ぶのはかなり危ない。
ただ、今は新たにシーナを仲間に引き入れたことで、一人が休んでも二人で飛べる体制になっている。
多少の危険を押してでも夜間飛行をして早く着いた方が楽だろうか、とコーは思案しながらすっかり冷めてしまったコーヒーを啜った。
耳を聳てればツバクロ市の中心の方からは、目を覚ました街が活発に動き回る物音が微かに聞こえてくる。
それは人々の喧騒だったり、或いは蒸気エンジンの噴き出すしゅうしゅうという音だったり、或いは走り回る小型車両のタイヤの音だった。
コーはコーヒーを飲み干すと、航路を確認するために地図を広げた。
「シーナ、積み込み終わったよ。セージさん、これ、受け書」
倉庫へ小走りにやってきたレンが二人の姿を認めて声を掛ける。倉庫の片隅で倉庫作業員と共に積み荷の数をチェックしていたシーナが、わかった、と応じてこちらへと歩いてきた。
相変わらず運送屋とは思えない恰好だ。革製のショートパンツにタイツを合わせ、上は白のブラウスと革のベストなのだが、それらの上からひざ丈まである白衣を羽織っている。足元は少し踵の高いロングブーツだ。
彼女に言わせると、あらゆる機能性を考慮した結果なのだという。随分奇妙な取り合わせではあったが、それでもシーナが着ていると不思議と違和感がない。
「いやあ、参ったよ。お前らのところの新入りのねーちゃん、シーナっつったか?ありゃタダモンじゃねえな。とんでもなく頭がいいんじゃねえのか。なんでジーシェに乗ることになったんだ」
セージがレンの渡した書類を受け取りながら頭を掻いた。
セージにはシーナがジーシェ号に乗ることになった顛末を詳しく話してはいなかった。そもそもシーナが箱詰めにされて何者かの元へと送りつけられそうになった、その荷受けをしたのがセージの倉庫だった、という事情もある。
詳しく話せば、セージはもしかすると責任を感じてしまうかもしれないから、というコーの判断だった。
「そいじゃあ頼んだぜ。向こうの倉庫主から荷の代金を受け取るのを忘れずにな」
「わかってるよ。シーナ、行こう。コーが待ってる」
レンとシーナは連れ立ってジーシェ号へと戻った。途中、何台かの駆動台車とすれ違う。この小回りがきいて段差や斜面をものともしない台車を、ジーシェ号でも購入したい、というのが目下の三人の目標だった。
セージの倉庫ではつい最近導入したらしく、荷運びの効率が段違いだ、とセージが嬉しそうに言っていた。
「ようし、来たな。乗った乗った。出発だ」
「コー、全部で缶詰めが32箱。それから機械類の箱がひとつと陶器の包みがひとつ。間違いないね?」
「大丈夫だと思う。念のためもう一回数えとくか?」
シーナの報告を聞いて、コーが荷室に向かおうとしたのを、レンが押しとどめた。
「いいよ、僕が数えてくる。コーとシーナは待ってて」
レンはそう言うと荷室へと赴き、ところ狭しと積み上げられた箱の数を数えていった。
今回の大量の荷を乗せるために、普段なら適当に転がしてあった雑多な物品も無理やり隅の方へまとめてある。そういったものを踏まないようにしながら荷物の隙間を歩き回り、報告の数に間違いないことを確認する。
「31、32。それと、こっちの箱がひとつと包みがひとつ。オッケー、これで――ん?」
レンは足元に積み上げられていた工具だのガラクタだのの山から、ひとつ古い革の袋が転がり落ちているのに気が付いた。
手のひらに乗るくらいのものだが、見覚えが無い。荷室に転がっていたのが今回片づけたときに出てきたのだろうか。それとも受けた荷の中に紛れ込んでいたのか?
それを拾い上げてみると、中身は何か丸い金属製品のようだった。
開けてみてみようか、と思ったが、何となく躊躇われる。結局レンはそれを持って操舵室へと戻ることにした。
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