箱の中身
なんとか見とがめられることなくジーシェ号へと戻ってきた二人は、停泊した船の中で荒い息をついていた。
まだ心臓が激しく脈打っている。目蓋には先ほどの男がこと切れる瞬間の映像が焼き付いたように離れなかった。
「参ったな。どうしたもんか」
血糊を綺麗に洗い落としたコーは、大きなため息をつきながら椅子にどっかりと腰を下ろした。早朝にツバクロ市を出発したのがもう何日も前のことのように思える。
それほどに多くのことが襲い掛かってきた一日だった。
「お陰でタンクの水量がもう僅かだ。また補給しないと。朝まではここに留まる他ないな」
「朝一番で店が開いたらすぐ入れに行こうよ。僕も長居したくない」
レンも椅子に腰かけて天を仰いでいる。
「なんて言ってた、あの男? 確か荷物を俺たちに預けるって言ったよな。それから学会がどうのとか――狙われているとか」
「あの荷物を誰かが狙っているってことなのかな、やっぱり」
「うん。もしかすると昼間の空賊もそれかもしれない」
「学会ってなんのことだろう。知ってる?」
レンが首を傾げるので、コーも同じように首を捻った。
「さあ。まるで心当たりがねえ。だが学会の誰かへ、ってことは、さっきの男もその団体に所属してたってことだろうな」
「響きだけ聞くとなんだか偉そうな感じだよね」
それを聞いてしばらく考えていたコーがやおら立ち上がった。
「どうしたの?」
「あの荷物、中身を確認しよう」
「開けるってこと?」
レンが少し驚いたように目を見開くと、コーは黙って頷いた。そのまま有無を言わせず、荷室へと入っていく。レンもその後に続いた。
「開けちゃっていいのかな」
「ともかく、俺らに預けるって言ったんだ。それに生き物だとすれば、あまり長いこと飲まず食わずでいいわけもあるまい」
「そりゃそうだけど……」
心配そうなレンを余所に、コーはその大きな箱にとりつくと、工具を使って上部の継ぎ目を破り始めた。
箱は木製だった。釘でしっかりと打ち付けて封がしてある。コーが一本ずつ釘を引き抜いていくと、蓋が少しずつ浮き始め、やがて最後の一本と共にぽっかりと口を開いた。
重たい蓋を横におろし、コーは中を覗き込む。そしておいおい、と思わず声をあげた。
レンも中を見て、ガス灯の中に横たわるその塊をはっきりと見た。
「人間……だよね?」
「ああ、女だ。どういうことだよこりゃあ」
箱の中には膝を抱えた状態で、一人の女が座り込んでいた。しかも身体には衣服を身に着けておらず、裸である。だが動く様子はなかった。
眠っているのか、それとも死んでいるのだろうか。
コーは手を伸ばして女の頬に触れた。温かい。
「どう?」
「生きてる。寝てるだけのようだな。おい、大丈夫か」
コーが大きな声で呼びかけるが返事はない。まるで気を失っているようだった。
コーは仕方なしに側面の板をもう一枚剥がすことにした。このまま箱の上から引き揚げるのは骨が折れそうだったからだ。
みしみしと大きな音を立てて箱の側面が剥がれる。そうしておいて、その部分からコーが女を引っ張り出し、荷室の床に横たえた。
美しい、というかエキゾチックな、という形容詞が似合いそうな女だった。
整った鼻筋にやや厚みのある形のいい唇がついている。こげ茶色の耳の長さで切りそろえた髪の毛が床に投げ出されていた。
年齢は20代くらいだろうか。剥き出しになった胸や下半身が目に入り、レンは息を飲んでいる。
コーは遠慮なくその裸体をあちこち観察した。どうやら大きな外傷はなさそうだ。膝や肩などに少し擦り傷があるが、これは運搬中についたものだろう。
脈や呼吸を確認し、しっかり生きているらしいことを確認すると、コーは女を抱え上げ、仮眠室へと連れて行った。
普段レンが使っているベッドに女を横たえると、綺麗な毛布を一枚引っ張り出してそれをかける。服も予備のものがあるにはあったが、生憎寝ている人間に服を着せた経験はないので諦めた。
「え、待ってよ。なんで僕のベッドなの。僕は今夜どこで寝るのさ」
ようやく事態の展開に思考が追いついて口を尖らせたレンが言った。
「うーん、まあ若い女だからなあ。俺のベッドだと後で文句を言われそうな気がしてな。まあレンが俺のベッドを使ってもいいし、そうでなきゃダイニングの床で二人で雑魚寝だ」
「起こしてみればいいんじゃない?」
「気付け薬でも嗅がせなきゃ起きそうにないぞ、あれは。何か薬品とかで眠らされてる感じだった」
「ふーん……」
レンは結局それで自分の寝具を諦めたようだった。
見れば時刻は既に午後9時を回っている。コーは欠伸をひとつすると、食糧庫から朝のサンドイッチの残りとビスケットを取り出した。
「もうこんな時間だ。ともかく食って寝よう。女のことは明日考えればいいさ」
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