襲撃者

「コー! 左舷側後ろから船が! 空気砲を装備してる! 撃ってきたかもしれないよ!」


 操舵室に飛び込んできたレンを見て、コーは少し目を丸くし、それから素早く行動に移った。舵輪を左へと大きく回す。ジーシェがそれに合わせて少し左に傾きながら、ゆっくりと方向を転換した。


「どれだ!?」

「もう少し左、そう、ほらあれ! ゴンドラが2層になってる」

「あれは……あのタイプ、まさか空賊かよ」


 コーは舌打ちをすると、再び舵を右に切った。

 ジーシェ号は至極真っ当な運送船だ。当然武器の類など装備してはいない。

 このご時世にあって、警察などという組織は既にあってないようなものだ。特に空中にあってはパトロール船などほとんど見かけることはない。ゆえに数は少ないとはいえ、飛行中の船を襲う輩もしばしば見受けられる。

 今、コーたちが追われている茶色の飛行船も、そうした空賊のものである可能性は大いにあり得た。


「後学のために教えといてやる。空賊の連中はああいう2段デッキのタイプの船を好んで使うんだ。下のゴンドラから攻撃したり、乗り移ったりするのに都合がいいらしい。それからあのガス袋の形。細長いだろ」

「うん。ジーシェの半分くらいかな」

「あれもスピードを追及した結果らしいな。浮力はその分劣るが、速度が出るようだ」

「そんなこと言ってる場合じゃ……どうするの!?」


 レンが焦って尋ねると、コーは大きく息を吸い込んで、上下だ、と落ち着いた様子で言った。


「浮力が劣るってことは上下の動きには対応しづらい。上に逃げよう。バラストを放出してくれ」

「わかった」


 そう答えると、レンは浮力調整装置の前に行き、バラストの放出レバーを握った。


「いいか、俺がいいと言うまで……もう少し、そう、そのくらいでいいぞ」


 コーの合図でレバーを止める。

 船窓からバラスト水がハロスの海へと落下していくのが微かに見えた。と、同時に船体が浮き始める。それに合わせてコーが上昇舵を切った。

 レンは再度船尾へと走った。言われなくてもやるべきことはわかっている。エンジンルームへ飛び込み、蒸気機関に石炭をくべる。とにかくスピードが必要だ。


 窓の向こうを除くと、先ほどまでよりだいぶ下の方に空賊の船が見えた。確かに急上昇にはすぐ対応ができないらしい。

 少しほっとすると、レンはまた船首へと戻るため荷室に足を踏み入れた。


 かなり傾いたけど荷物は大丈夫だよな。

 そう思ってもう一度箱を抱えてみる。そして再び心がざわつくのを感じた。

 

 また重心が変わってる――!


 その不思議な箱は、先ほどとは明らかに異なる位置に重心が移っていた。やはり中に生き物が入っているのだろうか。先ほどの急上昇で驚いて移動したのかもしれない。

 それとも単純に船が傾いたせいで中身が動いたのか?

 レンは再び沸き上がった中身を知りたがる気持ちを何とか抑え込んだ。今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 操舵室に戻ると、コーは少し舵輪から離れ、舷側の窓から空賊船を見ているところだった。真新しい双眼鏡を目に押し付けている。時折そのままの状態で人差し指でボタンを操作すると、バネと歯車の仕掛けが動いて双眼鏡の筒先が伸び縮みした。


「どうもうまくねえな。まだ追いかけてくるつもりらしい」


 それを聞いたレンがつられて同じように双眼鏡を覗き込む。

 茶色の船はジーシェの後を追って少しずつだが上昇してきているようだった。


「どうする?どっか近くの街へ逃げ込む?」

「いや、山脈からだいぶ離れちまってる。向こうはかなり足が速いし、このまま街までは逃げきれんだろう。それより――」


 コーは双眼鏡から目を離すと、にやりと笑って言った。


「ガスマスクを出してきな」

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