謎の荷

 コーとレンが“ラーラ”での昼食を終え、少しばかり街で買い物をしてから、再びジーシェ号で空へと舞い上がったのは、既に昼といえる時間を過ぎてからだった。


 特に何があったというわけでもなかったが、地元ではあまり見かけない珍しい品物の数々に少しのめり込み過ぎた格好だった。


「うーん、日暮れまでには間に合わんかもな」


 舵輪を握るコーがそう言って顎ひげを撫でまわした。首からは買ったばかりの真新しい双眼鏡がぶら下がっている。バンダイ市の航空用品店で型落ちのモデルを安く売っていたのだ。


「いや、だから僕言ったよね……1軒目の店だけで終わりにすればよかったんだよ。なのにコーがあっちの店も見てみよう、とか言うから」

「だけどな、どっちにしてもこいつは重要だろう。古い方をレンに譲ったんだから、俺の双眼鏡はいずれ買わなきゃならんかった」

「それにしても時間かけすぎだよ」

「そのかわり予算の半額で買えたんだ。文句言う暇あったら雲の様子でも確認しといてくれや」


 コーの声は心なしか弾んでいた。

 どうやら見た目はいかつくても、内心この新しいオモチャにときめきを隠せないらしい。子供じゃないんだから、とレンは呆れながら、コーから先日の誕生日に貰ったお下がりの双眼鏡に目を当てた。

 古いとはいえ、まだ十分役に立つ。ただちょっと新しいのとは違って、ピント調整のバネ仕掛けが組み込まれてないだけだ。それから視界の中に見えるコンパスも。


 雲も風も、特に飛行の邪魔にはならない程度に穏やかだった。


 レンはひとつ欠伸をすると、蒸気エンジンの具合を見に船尾へと向かった。バンダイ市では石炭も水も十分に補充してあったし、音の調子からすれば特に問題もなさそうではある。

 ただ、特に荷物を運んでいる間は、用心しすぎるということはない。


 資本金も強大な後ろ盾も持っていないジーシェ号にとっては、これまでコツコツと積み重ねてきた信用は何より重要な財産だ。ゆえに配達事故だけは避けなければならない。


 ダイニングを抜け、荷室を通り過ぎる。

 荷室の真ん中に陣取った、今回の大荷物を横目に見ながら、レンはその中身についてもう一度思いを馳せた。


 コーが言うには、今回は依頼料も少し良かったらしい。すると中身は何かしら高級なものが入っているのかもしれない。

 例えば珍しい花とか、或いは前世紀の珍しい遺物とかだろうか。


 そんなことを考えながら、何の気なしに箱をゆすってみて、レンはその感触に一瞬ぎょっとした。


 箱が、軽い――?


 レンが手をかけたあたりが、僅かに動いたのだ。

 慌てて両手で箱を抱えるようにしてもう一度動かしてみる。それで判明した。重心が寄っているのだ。


 つまり、レンがはじめに手をかけたのとは逆側に重心が寄っており、そちらを軸にして少しだけ回転したということのようだった。


 荷を積み込んだときはどうだっただろうか。3人で担いでいたから、僕の方はそんなに重いとも思わなかったけど……コーやセージの側はもっと重かったということだろうか。それともまさか、中身が動いたとか――。


 そこまで考えて、レンは首を振ってその思考を頭から追いやった。

 まさかこの大きさで生き物ということもあるまい。もし中身が山羊や羊であったなら、こんなに大人しくしている筈がないだろう。かといって他の大型の獣は大半が絶滅してしまっている。

 それにもし家畜だとしたら、こんな箱に密閉して健康を害するかもしれないような真似をするとも思えない。


 結局レンはその荷物について考えるのを止めることにした。開けて確かめられない以上、中身を詮索しても仕方がない。

 荷室を後にして船尾のエンジンルームへ入る。しゅうしゅうと勢いよく噴き出す蒸気の音がなんとも心地よかった。船の後方に設えた窓から、目に負えない速度で回転するプロペラが見える。

 レンは横側の窓に視線を移し、何の気なしにまた双眼鏡に目をやった。


 先ほどまで滞在していたバンダイ市から上がる煙がまだよく見える。そして――あれはなんだ?


 ジーシェ号の斜め後ろ、まさにバンダイ市の方角から、1基の飛行船がレンたちを追うように飛んでくる。その距離は1キロメートルほどだろうか。


 茶色に塗られたガス袋はかなり細く、その下にあるゴンドラは2層になっているように見える。その下の層が少し前に突き出るような配置で、まるでしゃくれた顎のようだ。

 そのゴンドラから横に突き出た黒い筒、あれは空気砲ではないか?


 レンが固唾を飲んで見守っているうちにも、その茶色い船は、少しずつジーシェに近づいて来ているようだった。


 かなり速度が速い。

 まさか、追いかけられているのか?

 そう思うのと、微かなプシュ、という音がエンジンの轟音の合間に聞こえたのがほとんど同時だった。レンはそれに気付くと、慌てて操舵室へと駆けた。

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