第46話 仕方ない
「じゃあ……台所お借りするね」
「あ、うん……手伝うよ」
「いいよいいよ……陽太は座ってて」
「あ……はい……」
俺は愛美の指示通りに座る。……いや、座るなよ。手伝えよ。
「……やっぱり手伝うよ。悪いし」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
俺は台所に立ち、愛美の隣に並ぶ。
「ふふ」
「どうした?」
「いや、なんだかゴールデンウィークのこと思い出すと思って」
「ああ、あの時か。愛美、料理上手かったし、アドバイスとかももらって助かったよ」
「陽太、玉ねぎ切るの苦手とか言ってて可愛かったよね〜」
「う……仕方ねぇだろ。苦手なもんは苦手なんだよ」
「ふふ、ごめんごめん」
愛美はクスクスと笑う。
「ゴールデンウィークと言えばさ……」
「……うん? どうしたの?」
「……いや、何でもない」
……あの時の思わせぶりな言動について聞こうかと思ったが、やっぱりやめた。何だか、聞いちゃいけない気がする。
「何それ、おかしいの」
愛美がまたクスクスと笑う。……思えば、あのゴールデンウィーク以降から俺たちの距離は縮まったように思う。……俺の勘違いかもしれないけど。
「……でも、あの時より私たちの距離は近づいたよね」
「……え?」
「あの時は互いに名字呼びだったけど、今は名前呼びじゃん。これって仲良くなった感じしない?」
「まあ、名前呼びはお前が強制したからだけどな」
そういうと愛美はムッとしたような表情をする。
「それは陽太が悪いんじゃん。私だけずっと名字呼びでさ!」
「わ、悪い悪い……」
……言えるわけない。名字呼びだったのは、名前呼ぶのがなんか恥ずかしかったからなんて。
「ていうかさ」
「……ん?」
「いや、何でもない」
「もーなんなの? 陽太、さっきから変じゃない?」
「わ、悪いって」
……これこそ言えるわけない。こうやって一緒に料理してるのなんか夫婦っぽいな、なんて……。
◆
「「いただきます」」
互いに合掌し、料理を口にする。……うん、美味い。
「……美味しい」
愛美が頬に手を添えて幸せそうな表情を浮かべる。全く、本当に美味しそうに食べる奴だ。
「にしても今日は本当にありがとな、愛美。助かった」
「ううん、全然だよ。陽太のお役に立てたなら良かった」
そう笑顔で言う。……しかし、今日は運がいい。愛美との手料理が食べられるし、愛美と二人っきりでいられたし、最高の日だ。
「にしてもそろそろ夏休みだね」
「そうだな。期末も終わったし、待ちに待った夏休みだ」
「陽太は何か予定とかある?」
「……特に何もないなぁ。帰宅部だし」
「やーい暇人」
「うるさい。……愛美は? 部活?」
「そうだね、部活中心の夏休みになると思う」
「そうか、頑張れよ」
「うん、頑張る!」
全く元気なものだ。めっちゃいい笑顔。少し前まで死んでた表情をしていたというのに。
「〜♪」
鼻歌まで歌い出す愛美。めちゃご機嫌。
「……ほんと、良かった」
「うん? 陽太、今何か言った?」
「いいや、何でもない。さっさと済ませてしまおうぜ」
「それもそうだね」
そして食事を済ませ、後片付け。
「悪いな、皿洗いまで手伝わせて」
「別にいいよこれくらい。二人でやった方が早く終わるでしょ」
「……それもそうだな」
片付けが終わり、愛美は帰宅の準備をする。
「今日はありがとな。助かった」
「いえいえ、こんなことで良ければいつでも手伝うよ。……それじゃ、また」
「おう」
そして、愛美はバイバイと小さく手を振ってドアを開ける。
「……」
ドアを開けると激しく雨が降っているのが目に入った。
「マジか、めっちゃ降ってんな……」
「……今、調べたけど今日一日は止まないっぽいよ」
「マジか……悪い、愛美。俺のせいで……」
「別に陽太のせいじゃないでしょ」
「……すまん。とりあえず、傘貸す——」
傘を取ろうとする俺の手を愛美は遮る。
「愛美……?」
愛美は下を向いていてその表情は見えない。
「……こんな雨の中帰ったら、風邪ひいちゃうよ」
「それは……まあ……たしかに」
「……だからさ、今日一日泊めてよ。陽太の家に」
「え!? そ、それは……」
いやいやまずいだろそれは。流石に男女二人同じ家にってそれは——
「…………駄目?」
「…………まあ、仕方、ないか」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
「……わかった」
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