第40話 証明したいから

「…………で、女の子にカッコつけて、私という他の女に泣きついてきた、と……」

「誤解を招くような表現はやめてもらえませんかねぇ? 智依さん?」

 

 目の前のジト目を向けてくる彼女に俺は苦笑しながら言う。表情こそ変わらないものの、若干怒っているように見える。

 

「……別に勉強を教えることに関しては不満ないよ。けど、あの女のためっていうのが気に入らない」

「…………そこを何とか」

 

 ……まあ、こうなるとは少し思ってた。智依と川瀬は犬猿の仲だ。俺が学年五十位以内を目指してるのは川瀬のためだと聞けば、いい顔はしないだろう。……でも、多分一番の問題はそこじゃない。

 

「……陽太君。私が前言ったこと覚えてる? 川瀬さんの大事なものを背負う覚悟……あなたは覚悟を決めることができたの?」

 

 ……やはり、そうだよな。でも、問題ない。今の俺はあいつのために覚悟を決めた。救いたい。力になりたい。そう心の底から感じてる。

 

「……ああ。決めた。とっくに覚悟は出来ている。その上での頼みだ。智依」

 

「…………そう、ならいいよ。じゃ、早速勉強始めようか」

「……智依! ありがとう!」

「……まあ、最初から教えるつもりではあったけどね。じゃなきゃ、最初からここに来てない」

 

 智依は少し気恥しそうにして顔を背ける。

 

「…………っと。勉強を始めるとは言ったけど、その前にやることがある」

「やること?」

「そ。学習計画を立てるの。この日はここを勉強して、ここを分かるようにするとか、具体的な計画を立てるの」

「なんでまたそんなことを?」

「少しでも効率化するため。特に陽太君は今回学年五十位以内と結構な目標を立てたからね。どこをできるようになる、ここの勉強は切り捨てるなど、無駄のない学習をする必要がある」

「…………なるほど」

 

 前回の中間試験、川瀬と智依に勉強を教えてもらっていたが、あまり成績は奮わなかった。今思い返すと俺はあの時ムラが多い勉強をやっていた気がする。……そういや、結局試験範囲内をちゃんと網羅できなかったんだっけ。

 

「よし、じゃあやるか」

「ん。……私個人が陽太君にどうかなって思う学習計画考えたから見て欲しい」

「え、マジで? 助かるわ!」

「うん。……でこれはどう? 大雑把に言えば、最初の一週間はとにかく基礎固め、インプット週間。暗記中心。でも、ただインプットするだけじゃ、記憶に残らないから最後に一問一答して定着させて。そして翌週はアウトプット。問題演習を中心にやるの」

「なるほど。確かに基礎は早めに固めといた方がいいな」

「うん。……で、これを見て陽太君から意見はあったりする?」

「……そうだな。英語と数学の勉強時間をもうちょっと増やしたい。逆に現代文の勉強時間はちょっと多い気がするから、ここを他の教科の勉強時間にあてたい」

「……わかった。そうしよう。……で、ここは……」

「…………うん、これでいい。じゃ、この予定で勉強進めていこう」

 

 何とか学習計画を立てた。残り二週間。これの通りに勉強を頑張ろう。……あとは。

 

「…………そう。わかった」

「ああ。だから……任せておけ。いや、うまくいくかは分からないけど……俺は川瀬の笑顔を取り戻したい。救ってやりたいと思ってる」

「……ありがとね。陽ちゃん」


 その日の夜。俺は華凛にこれまでのこと、川瀬との一方的な勝負について話していた。

 

「……ま、川瀬もそうだが、幼なじみがずっと暗いのも嫌だからな。お前に暗いのは似合わん」

「……陽ちゃんって女たらし? いったい何人もの女の子を泣かせてきたの? ちょっと教えてみ?」

「…………ええ……なんでそうなんの?」

 

 俺の反応に華凛は電話の向こうで笑う。……久しぶりに華凛の笑い声、聞いたな。

 

「冗談だよ。…………それより何かあったら言って。私も協力するから。勉強も教えるよ」

「ありがとう。助かる」

「ううん。愛美のためだもの。そして、幼なじみのためにもね。……ねえ、陽ちゃん」

「何だ?」

「……あなたが幼なじみでよかった」

「……そっか」

「……じゃあね。おやすみ」

「おう、おやすみ」

 

 そして華凛との通話が終わる。

 

「……さてと」

 

 そして俺はある男の部屋に足を運ぶ。ある男……貴志の部屋に。貴志はロクでもない性格のクソ大学生だが、成績だけは良かった。……とにかく試験までに使える手は全て使わなければ。俺は貴志の部屋をノックする。

 

「……兄貴」

「陽太か。入っていいぞ」


 言われた通り、俺は貴志の部屋に入る。

 

「…………なんか臭くね?」

「え、マジで? ま、実はさっき——」

「言わなくていい」

「………………どうした。かなりキマッた顔してんなお前」

「……兄貴に頼みがあるんだ」

「何? 言ってみ」

「勉強、教えてくれ」

 

 さっきまでヘラヘラとしてた貴志は急に真面目な顔をする。

 

「…………お前がそういう頼みをしてくるのは珍しいな。雑用とかじゃなく、こういった頼みをするのは。しかもお前、勉強しようとか思うようなヤツでもねえだろ。どっちかと言うと勉強嫌いだろ? …………理由を言え。話はそれからだ」

「…………あるヤツに証明してやりたいんだ。人は変われる。失敗しても次があるって」

 

 貴志はニヤリと笑う。

 

「…………そうか」

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