第21話 小悪魔だから

「愛美は意外に乙女だからねー。単純」

「う……何よー別に乙女なんかじゃないもん。私は現実を見る大人な女子高生よ。そう、文武両道の優等生よ」


 私はどうだ、と自分の髪をさっと振り払い華凛に優等生っぽい感じをアピールする。


「ぷっ……優等生……ね」

「わ、笑うな―!!」


 だが、そんなアピールを華凛は鼻で笑う。……そんな顔逸らして「相手に悪いから笑うの堪えてます」って感じにしても腹立たしいだけなんだけど!?


「まあ、少なくとも恋愛劣等生なのは間違いないよね」

「そんなこと……ない、から……」

「いや、自分でも自信なさそうじゃん」

「うー……だってさ……キャンプの時とかさ……」

「愛美は頑張ったよ。ま、深夜に余裕ぶって陽ちゃんにあれこれ言って、テントに入った瞬間一息ついたかと思えば、悶えまくっていたのはやっぱ愛美だなあ、と思ったけど」

「えっ!? あの時起きてたの!?」

「うん。でもここで声かけると愛美のメンタルもたないだろうなあ、って思って声かけなかったよ」

「今、ここで言ったことで全部台無しだよ! それ!」


 うう……。マジかぁ……。恥ずかしい。


「ま。でも、あそこまでやれば陽ちゃんが鈍感でも気が付くでしょ。仮にダメだったとしても少しは意識するでしょ」

「そう……かな? 本当はあんなの無駄だったかも。もしかしたら引かれてたりして……」


 ……そう。あんなのは独りよがりのアピール。自分ではうまくやったと思ってるけど、実際は何の意味もない行為だったかもしれない。そもそもだ。私からの好意なんて谷口は迷惑かもしれない。谷口は優しい。仕方なく私と話してるだけで、実際は嫌に思ってたりして……。


「……愛美」

「華凛……?」


 顔を上げると愛美がこちらをじっと見つめていた。……無意識に私、うつむいてたのか。

 そして華凛は答えることなく無言で


「ていっ」

「痛っ!?」


 私に向かってチョップを繰り出す。突然の痛みに思わず頭を押さえる。


「な、何すんのよ!?」

「なんかチョップした方がいい気がして。特に明確な理由はない」

「理不尽すぎる!?」


 私の抗議に華凛はふーっ、とため息をつく。


「……どうせ、自分は陽ちゃんに迷惑なんじゃないかーとか考えてたんでしょ」

「え……?」


 思わず、華凛の顔をまじまじと見る。そんな私に再度ため息。


「あのね。華凛は人の顔を伺いすぎ。もうちょっと自分勝手にやってもいいんだよ。恋愛なんてもっとそう。もっとわがままに相手に自分のこと見ろやー! の精神でガツガツいけばいいのよ。もっと積極的になってもいいんだよ」

「そう……なの……かな……?」

「そうよ。大体、ここまで小悪魔ぶってるくせに今更取り繕うな」

「うっ……」


 それを言われたら痛い。


「で、でも……キャンプであそこまでやった以上これから谷口にどう接すればいいか少しわからなくて……何というか……恥ずかしくて……キャンプの時はギリ、メンタルもったけどさ……」


 私がそう言うと華凛は何故か冷めた目を向けてくる。そして無言でスマホを手にし、操作する。数秒後、華凛のスマホからプルル、と呼び出し音が聞こえてくる。


「……? 誰かに電話? 席、外した方がいい?」

「武瑠に電話。今日、陽ちゃんと一緒にいるって言ってたからちょうどいい。おしゃべりしなよ」

「…………さてと。そろそろ帰るね。じゃあ、華凛。また明日学校で」


 そう言い私は立ち上がろうとする。が、そうはさせまいと華凛はガシッと私の片腕を掴んで離さない。ゆっくりと華凛に顔を向けると彼女はニコニコといい笑顔を浮かべていた。そんな華凛に私も笑顔を返して言う。


「……放してもらっていいかな? 華凛? このままじゃ帰れないんだけど?」

「……ダーメ♡ 逃がさないからね」


 と華凛も笑顔で言う。


「…………」

「…………」


 数秒間、互いに何も言わず笑顔で相手を見つめる。そして次の瞬間。私はぐっと力を入れて華凛の腕を振り払おうとする。だが、さすが親友とでも言うべきか。その瞬間、同じく力を入れて私を逃亡を阻止する。


「放して! そろそろ門限だから! お母さんが晩御飯作って待ってるから! 帰らないと怒られる!」

「嘘つけ! あんたんとこ、両親仕事でめったに家に帰ってこないでしょうがあ! 大人しくあきらめろ!」

「無理無理! 今、谷口と話すとか無理! 何話せばいいかわかんない! 明日、学校で会うんだし、いいじゃん!」

「明日、学校で会うなら一日くらい早くても一緒でしょ!? それに今日話せば明日も話せるし、よりたくさんの時間陽ちゃんと話せていいじゃん!」

「一緒じゃない! 心の準備とかあるから! でも後半の部分は賛成かな!」

「ああもう! いいかげんあきらめ、なさい!」


 最終的に華凛の力に負け座らせられる。……仕方ないので、そのまま華凛の隣に移動し腰を下ろす。その瞬間、呼び出し音が止み、画面には通話先の相手の顔が映し出され声が聞こえてくる。


『悪い悪い。すぐに電話取れなくて。で、どうした? なんか用? ビデオ通話までかけてきて』

「んーいやいや。そっちはどうしてるかなーって。ちなみにこっちは愛美とイチャついてるー」

「ど、どうも。西山君」

『や。こんちわ川瀬さん。こっちは陽太と男二人寂しくダラダラしてるー』


 西山君はそう言い、スマホの角度を変える。そして、自分のスマホをいじっている谷口が映し出される。


『……ん。どした武瑠』

「やっほー陽ちゃん」

「ど、どうも……谷口」

『凜ちゃん!? それに川瀬まで!?』


 谷口は私たちの顔を見てぎょっとする。……そりゃそうだよね。普通は驚く。私が逆の立場でもそうなる。


『……で、どうしたんだよ』

「いやー男二人どうしてるかなーって思ってさ。あ、もしかして猥談中だった? そりゃ失礼。私たちは温かく見守ってるからどうぞ続けてくださいな」

『……』

『……』

「……」


 ……華凛ってさ、何でいつもこうなんだろう。普通、異性に対してそんな反応に困る話題出す? 西山君はともかく谷口はおとなしい性格の男子だし、こういう話題を異性と話すのは苦手なんじゃないか。にも関わらず華凛はこういった話題をためらいもなく話す。……まあ、華凛がこういった話題を出すのは異性相手ではこの二人だけなんだけど。華凛はこう見えて、いろいろ気づかいが上手い人間だ。それゆえ男子女子関係なく慕われている。そんな彼女がこの二人に対してだけは細かい気遣いをしない。それは幼馴染み故の距離感なんだろうか。それがわかっているからこそ、この二人は華凛を拒絶するようなことはしないのだろう。


『……武瑠。電話切ってもいいんじゃないか。あと通知オフにでもしとけ』

『そうだな。切るか。ついでにブロックもしとこう』

「ごめんごめんって! ちょっとしたジョークじゃん! だから許して!」


 そんなことはなかった。普通に拒絶されてるわ。やっぱ親しき仲にも礼儀ありだわ。


『はぁ……わかったわかった。ま、実際のところ、俺らはただダラダラしてただけだよ。お前が薦めてきたラブコメアニメを見ながらな』

「へーそうか! 見てくれたのか! どうどう? 面白かった?」

「まあ、それなりには」

「……それって、もしかして『ツンかの』?」

『ん? そだけど。ツンデレな彼女は素直になれない。略してツンかの』

「なんだ。そっちも私たちと同じような一日だったんだね」

『……もしかしてそっちもツンかの見てたのか? 川瀬』

「え? いや……その……うん。まぁ……」


 不意に谷口に話しかけられ思わず顔をそらしてしまう。……うう。うまく話せない。これがビデオ通話だからよかったものの、直接顔を合わせていたらどうなっていたことやら。


「(愛美、顔真っ赤になってるよ)」


 ……華凛にそっと耳元でささやかれる。顔を上げることはできないが、きっと華凛は今ニヤニヤした表情をしているに違いない。

 

「うううううう……!」

『…………どした川瀬。変なうめき声出して。あと画面から顔はみ出てるぞ』

「……っ! な、何でもないよ。……うん、ホント……」

「……? そ、そうか……」


 誰のせいだと思ってんのよ! と言えるはずもなく……。そして、一呼吸つき自分の心を落ち着け再びスマホの画面の前へと。


「うん。大丈夫。これでちゃんと映ってるー?」

『……っ! あ、ああ。映ってるぞ』


 谷口はそう言い、頬を掻きながら目を逸らす。――やっぱり、私の精神はもちそうにないみたい。



 それから。およそ三十分ほど通話した。その間、趣味や最近話題になってること、昨日のキャンプのこと、そろそろ意識し始めるべき中間試験について話したりと雑談を交わす。私も適度に会話には参加していたが、谷口に話しかけられるとどうしても緊張してしまい目を逸らし……ということを繰り返していた。そして時計の針が六時を指そうという頃。


『……ん。そろそろ終いにするか。いい時間だしな』

「ん。そだねー。じゃあ、また学校で! 武瑠、陽ちゃんバイバーイ」

『んじゃ、またな。華凛、川瀬さん。また学校で』


 あ……。もう終わりか。……結局、谷口とうまく話すことが出来なかったな。


『ああ。また学校で。凜ちゃん』


 うう……。このままで明日谷口とうまく会話できるの? これまでのように話せるの?


『――川瀬』

「あ、うん……えと……」

『……また明日学校で』


 谷口はとても優しい笑顔でそう言う。――その声にハッとする。ドキッとする。……ああ、なんだ。悩む必要なんてない。あんなことをしたからといって、これまでの在り方を変える必要なんてない。目の前の画面に映るいつも通りの谷口を見て思う。


「……うん」


 ……我ながら毎度毎度単純だとは思うけれど。谷口のそんな優しい表情で気付かされる。でも、まあ――それでいい。いつも通り、これからも谷口をからかい、ドキドキさせて、ドキドキさせられて攻めていけばいいのだ。だってこれが私の恋だから。


「また明日ね――谷口♡」


 私は悪戯っぽく笑って言う。これが私が今谷口に対してすべき顔だ。


 ――だって私は小悪魔だから。


『…………んじゃ』


 そして、電話が切れる。電話が切れた後、私はどこか晴れやかな気持ちだった。


「ん~? 少しはどうしていくべきかわかった感じ?」

「……うん。まあね」

「それならええ。さすが、愛美というべきか……すぐに立ち上がっていくなぁ。やっぱ放っておけばよかったかな? こんあことしなくても、愛美ならそのまま学校で陽ちゃんと顔合わせたとしても何とかうまく立ち回れたんじゃないの?」


 ……そんなことないよ。そのまま谷口と会えば今さっきまでの私みたいにあたふたしただけに違いない。……本当、華凛はいい友達だ。


「……そういや愛美」

「うん? どうしたの華凛」

「陽ちゃんに夢中になるのもいいけどさ……武瑠にも意識向けてあげて。武瑠にだけ別れの挨拶せんかったやろ」

「……………………あ」

「……最後、電話切れる前に少し間があったやろ? ……そういうことや。あいつ、ああ見えて繊細やからな。ちょっと気にしてたりするかもな」


 自分の顔がザーっと青くなるのを感じた。


「……どどどどどどうしよ!? 私、西山君に対してすごく失礼なことしたよね!?」

「あははははは。大丈夫、大丈夫。私が言っといてあげるから。にしても本当、愛美は夢中になると少し周りが見えなくなるところあるよね。陽ちゃんのことに限った話じゃないけどさ」

「うっ……反省します」


 そう言って私はうなだれる。……今後は周りのことにも、もうちょっと気を遣うように注意しよう。いや、本当に……。

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