第16話 小さな幸せ

 夕食の時間。あたりはもうすっかり暗くなっている。こうした暗い空間で仲間と食卓を囲むのはなんだか非日常的に感じられる。

 

「んー! おいしーい!」

 

 川瀬は頬に手を添え、幸せそうな表情でカレーを食べる。

 

「川瀬は、本当美味そうに食べるな」

「え? だって、本当に美味しいんだもの。美味しいものは美味しいって言って何がおかしいの?」

 

 川瀬はむっとしたような表情を作り、抗議してくる。何だか子供みたいだ。普段は余裕ぶってこちらをからかってくるのに、たまにこういう無邪気なところ見せてくるよな。なんだか微笑ましく思え、つい頬が緩んでしまう。

 

「……何よ、その顔」

「悪い、悪い。でも、カレーなんて、別に新鮮なものでもないんじゃないか。よく料理してるんだろ? 作るのなんて慣れてるだろーし」

「何言ってるの。華凛と西山君がご飯を炊いて、谷口と私で具材を切って、炒めて煮込んで、みんなでやってのカレー。私一人でなく、みんなで作ったカレーなんだからいつもと同じなわけがないでしょ?」

 

 一片の迷いもなく川瀬は言う。すごいな。こうはっきりと自分じゃなくみんなのおかげだと言いきれるのは。それは謙遜とかではなく、本心でそう言っている。俺なら照れ臭くて言えない。いや、もしかしたら川瀬はこの雰囲気によって勢いで言ってるだけかもしれない。……それでも、こうやって嬉しそうにみんなのおかげと言えるのは彼女の美点だ。

 

「まあ、俺はただ具材を切ってただけのようなもんだが」

「それも含めて、みんなでやったんだよ」

「……川瀬が言うならそうなんだろうな。そうだな、みんなで作ったカレーだ」

「そうそう」

 

 俺は肩をすくめ、軽口を叩く。だが、川瀬は嬉しそうにうんうんと頷く。とてもいい笑顔だった。

 

「ん……? なんか玉ねぎ、めっちゃ綺麗に切ってあるやつとなんか雑なやつがあるね」

「確かに。言われてみればあるな」

 

 ふと、凛ちゃんと武瑠が言う。それを見て、俺と川瀬は互いに顔を見合わせて笑う。自分たちだけが知っているその原因について思い出し笑う。

 

「うん? どしたん二人とも」

「いや、何でもないよ」

「うんー?」

 

 俺と川瀬の様子に凛ちゃんは不思議そうに首を傾げていた。

 そして、俺たちは談笑しつつ、食事を楽しんだ。余談だが、さっき釣った魚は串焼きにして食べた。美味かった。その後は後片付けをし、しばし休憩。その後、トランプや人狼をして過ごす。

 


「あー極楽、極楽」

「なんかおっさんぽいな、お前」

「うっせ」

 

 俺の軽口に武瑠は肩を竦めて返す。現在、俺たちは温泉へとやってきていた。キャンプの疲れを温泉で癒す、ではないがなんとも心地いいもんだ。

 

「はー、ゴールデンウィーク終わらなければいいのにな。そろそろ中間試験だろ? 憂鬱になる」

「そーだなー」

「なーんか、こうやって友達と温泉って修学旅行みたいでいいよな」

「そーだなー」

「ところで、お前って川瀬さんのこと好きなの?」

「そーだ……え?」

 

 俺はハッとして、武瑠の方に顔を向ける。

 

「だーかーらーお前は川瀬さんのことが好きなのかって聞いてんだよ」

「……は? 何馬鹿な事言ってんだよ」

 

 俺は正面に向き直り、表情を見られないようにする。

 

「だって、お前川瀬さんと最近仲いいじゃん。それに……川瀬さんといるお前、すげー楽しそうだぞ」

 

 武瑠はフッと笑い、言う。俺は……別に……。大体、いつも川瀬が思わせぶりなことしてくるから、こっちもそれにあてられてるだけだ。

 

「そういや、昼間のお前と川瀬さん、様子が変だったが、何があったんだ?」

「……………………別に何もねえよ」

「…………ふーん」

「な、なんだよ」

 

 全く信じてなさそうな声に俺は抗議する。

 

「ま、そういうことにしておくよ。お前がそう言うんなら、そうなんだろうよ」

「なんか納得いかねー言い方だな……」

「不服か?」

「いや……それでいい」

「……そーかい」

 

 またしても武瑠はフッと笑う。……何となく気に食わん。

 

「そう言う武瑠はどうなんだよ。お前、この間も告られてただろ?」

「あーあれね……」

 

 武瑠は困ったように頬を掻く。……何となく察した。どうせまたフッたのだろう。

 

「なるほどね。察した。言わなくてもいい」

「ははは……悪いな」

「……ったく、馬鹿だな。お前は」

「返す言葉もない」

 

 ははは、と乾いた笑いを武瑠は漏らす。モテる男も大変だな。

 

「……いい湯だな」

「……そうだな」

 

 ◆

 

「で? 昼間は何があったんや? さっさと白状せい!」

「うっ……うう……」

 

 現在、私、川瀬愛美は温泉にて尋問を受けていた。

 

「……言わなきゃ駄目?」

「あったりまえや! はよ言い! 言わんとその立派な乳揉んだるでー!」

「って、もう揉んでるじゃん! やめ、やめて! 華凛、やめてー!」

 

 私の言葉を待たず、華凛は私の胸を揉みしだき出す。

 

「ホンマ、立派な乳やなー。羨ましいわ」

「華凛……ちょ、ダメだって。そこ、んっ! あっ……ちょ……大体、華凛の胸だって立派じゃん」

「いやいや、華凛には負けるわ」

「……もうっ!」

 

 私は無理やり華凛を引き剥がし、咳払いする。

 

「あははは。ごめんごめん」

 

 華凛は頭を掻きながら謝る。全然、悪かったと思ってなさそうなんですケド!

 

「それで? 何があったの?」

「……えっと……実は谷口とキス寸前までいったというか、告白される寸前までいったというか、ですね……」

 

 と、私は昼間のことを話し出す。そして話が終わると

 

「マジか……」

 

 と、華凛は一言。その言葉に私は羞恥心を思い出す。手で顔を隠す。

 

「ううう……やっぱ、あれはないよね! あんなん、もはや痴女だよ。付き合ってもないのにあんなことするなんて」

「いやいや。そこまでいったらちゃんと最後まで完遂しなさいよ。既成事実さえ作れば、あとはこっちのもんでしょうが」

「いや……それは間違いでしょ。さすがにまずいんじゃないかな」

「何言っとんの。既成事実さえあれば、男は逃げられんもんよ。それでイチコロや」

「ええ……」

「……は~。そんなんだから、あんたは恋愛へっぽこなのよ」

「へ、へっぽこはないでしょ!」

 

 と、私は少し大きな声で反論した。すると壁の向こう側から

 

「おーい。川瀬、声聞こえてるぞー」

 

 と、谷口の声が。

 

「た、谷口!?」

「ああ、俺だ」

「えっと……どこから聞こえてた……?」

「ん? へっぽこってところから」

 

 じゃあ、ほとんど聞かれてなかったってことね。よかった。もし、何話してたか聞かれたら終わってた。

 

「そ、そっか。……ど、どう? そっちは」

「ん……いい湯だ。気持ちいい。そっちはどうなんだ?」

「ん……こっちも気持ちいいよ。なんか今日一日の疲れが取れてく感じがするよ」

「あーそれ、わかるわー」

「ふふ。……でしょ」

 

 少し声を大きくして壁の向こうの谷口と話していたが、不意に視線を感じて隣を向く。そこにはこちらをこれ以上ないくらいニヤニヤしながら見てくる華凛がいた。

 

「な、なによ」

「いやーなにも? ただ、随分と楽しそうだなーと思って。めっちゃ幸せそうな顔してたなーって」

「っ! 華凛のバカ!」

 

 私は顔を真っ赤にして、口元までお湯に浸かる。

 

 ……仕方ないじゃない。だって好きなんだもん。谷口と話してると幸せなんだもの……。


 そんな小さな幸せを一人、噛み締めた。

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