第12話 どっちだよ!?
パチパチパチと燃える音。風に乗って漂う香ばしい匂い。
「美味しい……!」
川瀬が感動したように言う。どれ、俺も一つ。紙皿に入ったタレに肉を浸し口に運ぶ。……!
「はあ~! 美味い!」
と俺は一言。
「やっぱりバーベキューと言えば肉だよなぁ!」
武瑠がしみじみと嚙み締めたような表情で言う。うんうん、と俺たちは頷き同意する。そして俺は次の肉を取ろうと菜箸を伸ばす。
「谷口。肉食べ過ぎじゃない? 少しは野菜も食べたら?」
川瀬の言葉に俺が箸を止める。
「……別にいいだろ。肉ばかりでも」
「ん、まあ別にいいけどさ。でも、肉ばかりだと飽きない?」
「いやいや、こういうのは肉を食べてなんぼなんだよ。野菜なんかいらねえ」
「何それ……栄養バランス悪すぎない?」
「お前は俺の母親か」
「母親って……うーん。母親よりは妻の方が……」
川瀬は急に顔を赤くしゴニョゴニョと口ごもる。声が小さく何を言ってるが聞き取れないが……まあ、いいや。
「ふっふっふ。バーベキューが肉や野菜だけやと思ったら間違いや」
先程まで黙っていた凜ちゃんが不敵に笑い言う。
「どういうこと……?」
川瀬が訝しげに訊く。すると凜ちゃんは待ってました、とばかりに目を輝かせバッグから何かを取り出す。
「じゃーん!! マシュマロ! やっぱ焼きマシュマロでしょ!」
「「「焼きマシュマロ……!」」」
俺たちはごくりと喉を鳴らす。その様子を見た凜ちゃんはニヤリと笑い串にマシュマロを刺して火に炙る。程よく焦げ色が付くと俺たち三人にマシュマロを渡してくる。俺たちはそれを受け取りマシュマロを食す。
「美味い……!」
◆
そしてバーベキューが終わり後片付けをする。さて、と。この後は……。
「この後はどうするんだっけ?」
「んー。一時間後に釣りでそれまではフリー」
凜ちゃんがのんびりとした口調で折りたたみ式の椅子に座ったまま答える。すっかりくつろいでいる。
「そうか。それまでどうする?」
「私は休憩。時間までのーんびりしてる」
「俺もー」
凜ちゃんの答えに武瑠も同意するように言う。せっかくのキャンプだし何かしてもいいと思うが……まあ、仕方ないか。そう思い、俺も二人と同じようにくつろごうとしたその時
「ん、ねえねえ。谷口。せっかくだからそれまでの時間散策しよーよ」
と川瀬が俺に言ってきた。
「あっちにいいスポットがあるんだって。なんかキャンプ場の公式にもイチオシみたいに書かれてる。せっかくだから行かない?」
「へえ。気になるな、それ。……二人はどうだ?」
俺は振り返り訊くが今は行かなーい、と返事が返ってくる。
「じゃあ、俺達だけで行くか」
「よし。行こう。おー!」
川瀬もこの空気に当てられてるのか、テンションが少し高い。その証拠に普段ならおそらくやらないだろうに、おー! と声に出し拳を宙に突き上げる。……不覚にも可愛いと思ってしまった。
「ん? どうしたの? 私に見惚れてしまうのはわかるけど早く行こーよ」
「は!? そんなわけないだろ!」
「冗談、冗談。ほら、行くよ」
川瀬が歩き出し、俺も後を追う。クソっ……。実際のことを言われて動揺してしまった。実は本当に見惚れてましたとか、川瀬に知られたらどうなることやら。つくづく思うんだが、川瀬って黙ってれば滅茶苦茶可愛いからなぁ……。
「楽しいね」
「お、おう。そうだな」
川瀬がこちらを向いて笑顔で言う。俺はたった今、無駄に意識していたこともありつい裏返った声を出してしまう。だが、川瀬は気にした様子もなく嬉しそうに続ける。
「私ね。今まで遠出したことってなかったの。まあ、華凛と近場で遊びに行ったりしたことはあるけど……でも、その時とは違う。あの頃は心の底から楽しめてなかった。楽しかったけど心のどこかで私は焦っていた。だけど今は違う」
そこで川瀬は区切り満面の笑顔を浮かべて言う。
「ありがとう。谷口。谷口があの時私を助けてくれたから……今、私楽しいよ! 」
ふと俺は思い出す。川瀬と出会った時のことを。いつもならそんなお節介などしない。そのまま歩き去っただろう。だけど、その時だけは違った。俺は川瀬に話しかけた。……回想を中断し川瀬を見る。
「別に助けてなんてない。ただの気まぐれだぞ」
俺はそう言ったが川瀬はただニコニコと笑顔を浮かべるだけだった。そして俺たちはそれっきり会話もなく歩き続けた。
「わあっ……!」
そして目的地に到着し、目の前に広がる自然に川瀬は感嘆の声を上げる。
「見て! 谷口! めっちゃ木ある! 土の匂いすごい!」
「そりゃ森だからな……」
いつになくはしゃぐ川瀬。まるで子供だ。俺はその様子に呆れつつも微笑ましいと思う。
「なんかこう言うの新鮮だな……」
川瀬はしみじみとした表情で言う。
「何と言うか……川瀬は本当に楽しそうにするよな。あの時の川瀬とは大違いだ」
「まあね。誰かさんの気まぐれのおかげかな」
川瀬はイタズラっぽくそう言いクスクスと楽しそうに笑う。
「……へいへい。にしても足元、気を付けろよ。今の川瀬は浮つきすぎてるからコケそう」
「いや、いくら何でも私をバカにしすぎでしょ。谷口は私を何だと——」
川瀬が頬を膨らませ俺に詰めよろうとしたその時。足元の枝に引っかかり転倒しそうになる。
「か、川瀬!」
俺は川瀬が転倒しそうになるのを防ごうとするが同じ様に転倒してしまう。
「いててて……」
「た、谷口……」
「え? …………!」
結果。川瀬は土を背に、俺は地面に手を着き目前には川瀬。端的に言うと俺が川瀬を押し倒してるような絵面となっている。
「ご、ごめん……!」
俺は慌てて立ち上がろうとするが、川瀬は俺の袖を引っ張り阻止する。
「か、川瀬……さん?」
「ねえ、谷口。……私のこと、どう思ってる?」
「ど、どうって……それは前にも言った通り——」
「違う」
少しテンパりつつ答えようとする俺を川瀬は遮る。
「谷口は……私をただの友達としか思ってないの? 私を女の子としては見てくれないの?」
「…………!」
え? …………え? つまり、そういうことなのか?
俺の頭は真っ白になっていく。川瀬の目はじっと俺を見ている。俺も同じく川瀬から目を離せない。
俺にとって川瀬愛美とはどういう存在なのか。少し癪に障るけど、なんだかんだで本当は優しく真面目な隣人。友人。そして…………。
「あ、あの俺は……川瀬……」
「……」
川瀬はゆっくりと目を閉じる。え? え? えええええええ! マジでどうすんや! これ!
俺は動揺しまくっていた。だが、ふと思う。……迷う必要なんてあるのだろうか。俺はあの時、気まぐれで彼女に声をかけた。でもその根底には川瀬愛美に心の底から笑顔になって欲しい。その笑顔を見たい。そしてその目的は達成され、隣人として関わるようになった。もし、彼女の俺に対する態度が気に食わないなら距離を置いた。でも、そんなことは一切しなかった。だって、何だかんだで楽しかったからだ。
「…………」
川瀬の片手が俺の袖から離れ地面に触れる。
俺の心は……つまり……。
「か、川瀬……」
「…………」
そして、俺は川瀬に声をかけようとした……その時だった。携帯の着信音が鳴り俺は反射的に立ち上がり、応答する。
「は、はい!」
「……あー陽太? そのーそろそろ時間だから帰って来てくれ」
電話の相手は武瑠だった。武瑠の言う通りそろそろ戻らないと次の予定に間に合わないだろう。
「あ、ああ。わかった。そろそろ戻るよ。じゃあ」
俺はそう伝え電話を切る。そして俺は自分の現状を思い出し、はっとして振り返る。
「か、川瀬……!」
先程までの空気はどこへやら、川瀬が立ち上がってニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「……あ、そういうこと」
「ん~? 随分積極的だったね。谷口♡大人しそうな顔してやる時はやるんだね~」
ちっくしょおおおおお!!!! またかよ! いや、でも今回はさすがにしょうがないじゃん! あんなん勘違いすんじゃん!
「いや……その……」
俺は川瀬から目を逸らす。川瀬の引っかかった~、と小馬鹿にした視線を強く感じる。クソ! この小悪魔が! こんなん無理に決まってんじゃん!
「でも残念。あともう少しでいけたのに」
「え……それは——」
川瀬は何も答えずゆっくりと俺に近づき耳元でささやく。
「(嘘か本当か……どっちだと思う?)」
固まる俺を袖に川瀬は気にした風もなく歩き出す。そして振り返り、笑顔を浮かべ俺に言う。
「ほら、行くよ」
…………いや、どっちだよおおおおおお!!!!
そしてしばらくの間、俺の心が安らぐことはなかった。
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