第60話
「それは、どうして?」
「気持ち悪くなるから。だって、殺したいって体がいうんだ」
「ふざけたこと抜かすな」
鬼人が吠える。
すると、
「ふざけてないよ。僕からしたら、お兄ちゃんたちのがよっぽどふざけてるよ。誰かが死んだからってなんで泣くの? 人間はみんないつか死ぬのに。なんで悲しむの? 誰かのためにって、なんで? 意味わかんないよ」
ぬいぐるみはふざけるでもなく、まっすぐに鬼人を見つめている。
「……そう。それなら、それはあなただけの問題じゃない」
カラクリはぬいぐるみを見て、鼻で笑う。しかしぬいぐるみはカラクリの言葉には反応せず、ぼんやりとどこかを見ていた。
「香り……。お前はコイツがどれだけのことをしたか、本当に分かってるのか?」
猫娘は目を伏せ、頷いた。
「分かってる。……分かってるけど、この子の言ってることは、なにも間違ってないんです。この子にとって、殺人は欲求のひとつ。それは私がご飯を食べたり、眠ったり、本を読みたいのと同じ」
「欲求……?」
ライオンが呟く。
「だから、悪いのはこの子じゃなくて、この子の中にあるもの。この子は病気なんです。悲劇を止めるには、この子を治してあげるしかないんだと思います」
「コイツは犯罪者だ……。何人もの命を奪った。コイツは本来なら死刑だ。ここで殺したってなんの問題もない奴だ」
全員、カラクリの言葉に納得したように猫娘を見ている。しかし、猫娘は拳を握り、訴えた。
「過ちは消せない。私だって許せない。でも、私はこの子自身のことをなにも知らないから、判断できないんです」
「……なにが言いたいんだ?」
鬼人が眉をひそめ、猫娘を見る。
「私たちはこの船で真実を見つけました。それぞれの生きた人生を辿って。でもそれは被害者だけじゃなくて、加害者であるこの子の人生も辿らなくちゃ、本当の真実は分からないと思うんです」
鬼人はじっと猫娘を見ている。猫娘はその視線を受け止め、ぬいぐるみを見た。
「……ねぇ、熊野くん。あなた、ものすごく目が悪いんじゃない?」
その場の猫娘とぬいぐるみ以外、全員が「え」と、目を見開いて驚いていた。
「目が見えないの?」
ライオンが哀れむようにぬいぐるみを見つめ、その隣でドラゴンが「あ」と小さく声を上げた。
「そういえば熊野君、本を読む読書感想文は苦手って……」
あのとき雨音は、その言葉に深く疑問を抱かなかった。続いてピエロがハッとする。
「私の家に押し入ってきたときも、目で探すというよりも、手で触れて探し回っているように見えて不思議だったんだ」
ピエロのゆったりとした凪いだ海のようなその声に、ぬいぐるみはむくりと起き上がり、拗ねたように呟く。
「……べつに、このくらい」
「本当に? 我慢してなんとかなるくらいのものだった?」
ぬいぐるみは、ギュッと目を瞑り、首を振った。
「私ね、ずっと違和感だったの。この船自体も、私たちがどうしてこんな姿になったのかも」
それぞれ、性別も生き物も違う。なにがどうしてこうなったのか。この姿に意味はあるのか。
「私は運動なんてまったくだったから、この姿になったとき、すごく体が軽くて驚いたの。それから、耳もすごくよく聞こえるし、お風呂が少し嫌いになった」
猫娘は自身の少し丸みを帯びた手を見つめ、はにかむ。
「……そういえば、私もそうだね。体もだけど、頭もすごくすっきりしてる。すごく器用になったんだよ、ほら! 見て、ユニコーンさん」と、ピエロがジャグリングを始めながらユニコーンの方へ歩み寄っていく。
そんなピエロの姿を見て、ユニコーンはくすりと笑った。
「私も……前よりちょっとだけ、強くなれた気がするの」
ピエロもカラクリもドラゴンも、それぞれハッとしたように自身を省みる。
「あなたはどう?」
「……僕は……なにも。目はほとんど見えないままだし」
それは、ぬいぐるみに与えられた罰なのか。
「……そう」
猫娘が頷く。
「……だって、言えなかったんだ。お母さんもお父さんも優しかったけど、僕に関心なんてなかったから。だから我慢して、目が悪くても手で触って色々確かめるようにして生活してた」
「手で、触って……それで日常生活を? 毎日……」
ライオンが悲しそうにぬいぐるみを見た。
「……じゃあ、なんで人を殺したりしたんだよ!」
カラクリが怒鳴ると、ぬいぐるみはキュッと小さく喉を鳴らした。
そして、口を開いた。
「……最初、あの現場に居合わせたときは、悪ふざけだと思ったんだ」
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