第49話・★
それからコンビニでのアルバイトが始まった。男性の名前は黒中凪砂といった。
凪砂は友達すらいないようで、月埜は実質的に凪砂にとって一番身近な人間だった。
高校を卒業してからもバイトを続けた。できる限り凪砂の近くにいられるよう、大学は通信制にした。
それなのに、神様は残酷だった。
ある日突然、凪砂は捕まった。
有り得ない、殺人という罪で。有り得ない。あんなに優しい人が、絶対になにかの間違いなのに、誰になにを言っても、それを信じる人はいなかった。
この行き場のない怒りはどうしたら消えるのかと考えるうち、月埜は気が付いた。計画を転覆させた元凶がいることに。
神条香り。あの女さえいなくなれば、凪砂は戻ってくる。あの女とさえ出会わなければ、凪砂は一人だった。凪砂の隣には、月埜ただ一人しかいなかったのに。
「私は……ただ、先輩ともっとずっと一緒にいたかっただけなのに……」
涙を流す蛇女にカラクリは動揺し、揺らぐ目を伏せた。
「そのときのお前には、歪んだ線が真っ直ぐに見えたのか……いや、そうじゃない。歪んだ線を、真っ直ぐであると思い込んだ」
「私は先輩の死刑が執行されたと知って、この女を訪ねた。自分のせいで先輩が死んだと知って、この女がどんな顔をしているのか、見てみたかった」
「黒中の件は香りのせいじゃないだろう!」
カラクリが叫ぶ。
「なのに……なのにこの女は、男と一緒にいた。楽しそうに、カフェでケーキなんて注文して……。先輩は死刑が決まったっていうのに、この女はそんなことも知らずにのうのうと生きて、食べて、笑ってた! 許せる? 私から先輩を奪っておきながら、あっさり別の男に鞍替えするなんて、許せるわけないじゃない!!」
猫娘は黙り込んだまま、なにも言い返さない。
「あれは……俺が勝手にやったことだ。香りがその男のことを好きだって知ってても、諦められなかった俺が……」
「信じられなかった。なんで笑えるの? この女にとって、先輩の存在はその程度だったのよ! 先輩、目を覚まして! この女は先輩のことなんてなんとも思ってない!」
「べつに、俺はこの人とはなにも関係ない」
鬼人は目を泳がせながら、猫娘に背中を向けた。猫娘は背を向けられ、俯いた。
「私から掠めとったくせに。私には先輩しかいなかったのに!」
「だから香りを殺したのか?」
「新しい男と楽しそうに笑うこの女を殺したくて殺したくて仕方なかった。あんたたちのあとをつけたら、この女一人がホームに入った。私は背後に立った」
電車が到着するアナウンスが流れる。目の前の香りはぼんやりしていた。電車の音がすぐ近くまで近づいたとき、月埜は香りの背中を思い切り突き飛ばした。
月埜は背後で悲鳴が上がるのを確認しながら、駅を出て走った。
「……その後、お前はどうしたんだ」
「その後は……」
警察に捕まってはいけない。捕まってしまったら、凪砂のところにいけないからだ。
「駅を出たら、とにかく必死に高い場所を探した。すぐ近くに七階建ての大きな病院を見つけて、私はそこに向かった」
心臓が張り裂けそうになりながらも、とにかく走った。
「早く、確実にこの心臓を止めてしまいたかった。罪悪感からじゃなくて、ただ先輩のいる場所にいくために」
「お前……」
鬼人は眉を寄せ、やるせなさげに蛇女を見つめた。
「私は……」
七階まで昇り、非常階段に出て階下を覗く。
思いの外高かった。それに風が強く、寒い。だが、この高さなら確実に死ねるだろう。
月埜は躊躇いなく、錆び付いた柵を越えた。
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